22−2 お金

 フェルナンは持ってきた箱を馬に括り付け、玲那を前に乗せて、急ぐように玲那の家に戻った。

 行きよりずっと居心地の悪い雰囲気。気のせいではない。


 町から家まで馬で走っても、それなりに時間がかかる。行きよりもずっと早いスピードで走ったので早く着いたが、着いた頃にはお尻が痛み、揺れで頭がくらくらしそうだった。

 久し振りに偏頭痛でも起こしそうだ。この体で体調が悪いということが、まったくない。あって、足の痛みや腕の痛みなどの筋肉痛。目が回りそうな頭痛など、前の自分以来である。


 フェルナンは馬を柵に繋げるので、その間に窓から入り込んで玄関を開けた。フェルナンは家から出てきた玲那を見て、キュッと眉を寄せたが、すぐに真顔に戻り、銀行から持ってきた箱を持ったまま部屋に入った。


「金はいつもどこに置いているんだ」

「地下倉庫です」

「どこだ」

「こっちで」


 玲那が促すと、フェルナンはさっさと中に入ってくる。遠慮というものはない。玲那も言われるまま、地下倉庫のあるキッチンに案内した。

 何をする気なのだろう。


 地下倉庫の板をどかすと、フェルナンは箱を脇に抱えたまま、躊躇なく飛び降りた。

「え!?」


 真っ暗な穴だ。地下倉庫は思ったより深く、地下だけあって梯子を降りなければならない。

 玲那が飛び降りたら軽く骨を折るような高さなのに、フェルナンは問題ないとでもいうように降りて、火を付けた。蝋燭に火を付けたわけではなく、淡い光が、地下倉庫を照らしている。しかし、点いているのは、フェルナンの手の上。


「魔法?」

「降りてこい」


 すかさず言われて、すぐに降りる。地下倉庫は窓のない真っ暗な空間だが、フェルナンの光は電灯のようにあかるく、周囲を照らした。


「便利ですねえ。蝋燭いらず」

 やはり魔法チート。羨ましい。異世界人と知られたくないので、いらないが、便利は便利だ。


 そんなことはどうでもいいと、フェルナンはどこに金をしまっているのか聞いてくる。普通ならば警戒する言葉だが、玲那はそんな気はまったく起きなかった。不思議なほど、信頼感があった。これっぽっちも疑っていなかった。

 奥にある酒樽の隣に、手作りのカゴがある。そこにじゃがいももどきを入れているが、二重底になっており、そこにお金を隠していた。


 フェルナンは灯りを放ると、持っていた箱を倉庫の角に置きその蓋を開けた。よくゲームなどである、宝箱みたいな箱だ。

 そこに、出したお金を入れた。

 使わない金もよこせと言われて、渡せば、それもその箱に入れる。

 そうして、手を出せと言ってきた。

 よくわからないが、言うことを聞いて右手を差し出す。すると、するりと腰にあるナイフを取り出した。


「え?」

 なにをするのか、考える前に、人差し指にそのナイフが掠った。

「いたあっ! なにするんですか!」

「騒ぐな。ここにその指を付けろ」


 謝る気なんてさらさらないと、フェルナンは玲那の手を引っ張ると、宝箱の鍵の部分、鍵穴はなかったが、そこに血のついた指を押し付けた。途端、宝箱が光りを発し、ガチン、と大きな音を立てた。鍵が閉まったような音だ。


「これで、あんた以外に開けられない。開けたい時は、普通に開ければいい。あんた以外に動かすこともできない」

 フェルナンは先ほどまで簡単に横に抱えていた宝箱を、両手で持とうとする。しかし、コントように持ち上がらない。わざとやっているにしても、指に筋が立ち、血管が浮いた。


「わかったか? これで、あんた以外はこの金庫を開けることができず、動かすこともできなくなった。もしあんたが死んだら、銀行に行き、金庫との契約を消してもらい、開けることになる。金庫番は国が指定する人間だけがなることを許されているから、死に方がおかしければ金庫は銀行預かりになる。病気で死んでも、その調査はされる。金庫を持った者は、貴族であろうが平民であろうが、等しく金庫番の調査が受けられる」


 つまり、保証はされるということか。死んでしまえば、開けられるわけではないらしい。生きている本人だけが、この金庫を開けられるのだ。


「ただし、襲われて自分で開けたら、終わりだからな」

「なるほど」

「開けてみろ」


 玲那の契約で蓋が閉められた金庫だ。フェルナンでは動かすこともできなかったが、玲那が触れればそこから移動することは容易く、簡単に蓋が開いた。


「すごいですね。え、これって、いくらだったんですか? すごく、高いんじゃ!」

「大したことない」

 いや。大したことなくとも、払ってもらうわけにはいかない。


「いくらなんですか? こんなにたくさんお世話になって、いただくわけにはいきませんから!」

 しつこく食いついて力説して、フェルナンはやっと金額を言った。

「0・二ガロだ」

「ガロ。ガロ? あ、さっきのコイン一枚ですか?」


 外に出すなと言われた、銀色のコイン。光沢のありすぎる、新品のおもちゃのようなコイン。

 差し出すと、フェルナンはうんざりとしたように、見慣れた顔で深いため息を一つ吐いた。

 これでは足りなかったようだ。まだ他にもコインはある。何種類かのコインを全部出して見せれば、ひどく顔をしかめて、ため息すら吐かず、ぎろりと睨みつけられた。


「金の価値を覚えろ。呼び方もだ」

 フェルナンの冷え切った声に、玲那はひゅっと息を止めた。静かに怒る、美形の迫力に、背筋さえ凍りそうな気がした。

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