22 お金

 いきなりの忠告に、理解するのが遅れた。

 あのコイン。先程の、銀ピカの、偽物のようなコインだ。電池に似た輝きをするものがある気がする。


「なんか、変なコインなんですか?」

 偽装コインとか? 使徒がおもちゃのコインでも混ぜたのだろうか。あり得る。あの使徒ならば、真顔でふざけた真似をしてきそうだ。


 フェルナンは眉をひそめる。玲那から奪ったトートバッグをこちらに渡し、ショルダーバッグを引っ張って、中の金を見せろとバッグの紐を解く。

 盗まれるとも思わないので、袋に入っているお金を見せると、フェルナンは目を見開き、ため息混じりに額を押さえた。


 すごく、まずいことをしたようだ。


「このコインは、平民街じゃ使われない。お釣りも出てこない」

「お釣りが出てこない?」

「こんなに持ってきて、馬鹿なのか? 金庫に預けろ。行くぞ」

「え、金庫? 金庫!?」

「平民が持つ金じゃない。村人ならなおさらだ。それを、こんなに持って。世間知らずにもほどがある」


 使徒。なぜ教えてくれたなかった!


 玲那も聞かなかったが、金額を聞いておくべきだった。

 フェルナンが足早に歩くのを、腕を引っ張られながら後を追いかける。転びそうになるほどで、ほとんど走っていた。


 城の方向へ進めば、周囲の建物が変わってくる。壁のように平べったく高い建物が、だんだん戸建ての家のようになってくる。三階建のアパートのような建物もあるが、壁の作りに違いがある。柱などの装飾が少しずつ細かい。屋根は鋭角な三角屋根で、青緑色だ。屋根の上に出られるのか、必ず煙突のような柱が出ている。窓が開いているので、出られるのだろう。雪国であれば、雪下ろしできるようにしているのかもしれない。


 ずっと歩き続ければ、神殿のような建物が見えてきた。二つの巨大な柱に支えられた、重厚な門のような入り口。階段を上がったところに、大きな扉がある。


「ここ、なんですか?」

「銀行だ。大金を持つ時は、この銀行に金を預ける。平民でも金を持っていれば使える。国共通の銀行だから」

「でも、私、身分証とか持ってませんけど」

「身分証なんぞいらない」

「で、でも、でも」


 どこでその金を手に入れたと問われると、かなり困る。盗んだと思われるかもしれない。実際、どこから手にしたのかわからない金だ。言い訳もできない。

 腕を引っ張られたまま、引きずられるように扉前まで来たが、足に力を入れて踏ん張った。ついでに座り込む勢いで、お尻にも体重をかける。


 フェルナンの顔が、見る見るうちに渋面になってくる。虹色の目が、まるで刺すように真っ直ぐ見てくる。

 盗んだと疑われただろうか。寒気がするほど鋭い瞳に、冷や汗が流れそうになった。

 途端、腕に入っていた力が、するりと抜ける。


「待ってろ」

 言って、一人で中に入ってしまった。


 ああ、どうしよう。誰か連れてくるだろうか。


 ショルダーバッグをトートバッグで隠すように上に乗せて、盗まれないようにきつく抱きしめる。

 相当な金額が入っているのかもしれない。お釣りが出ないって、どういう意味だ。百ドレが一万円だとしたら、あの白銀のコインは、十万円くらいか? いや、お釣りが出ないのだ。百万円とか?


 扉の前でうろうろしていると、中からお客が出てくる。コートのような薄い上着を羽織った男の人や、羽根のようなものがついた帽子を被った、ドレス姿の女性。そこまで派手ではないが、玲那の単色ワンピースに比べれば、かなり豪華な服を着ている。


 そういった人たちがじろじろと、玲那をゲテモノでも見るかのような目で見て通り過ぎていく。

 場違いすぎる。

 階段を降りて、階段前でうろうろしていたが、フェルナンは一向に出てこない。


「どうしよう」

 昼もすぎているだろう。お腹が減りはじめて、気持ちも萎えてくる。金持ちの人に変な目で見られても気にならないが、フェルナンがどう思ったか、不安で仕方ない。


 通報されたら、どうしようか。

 身分不相応な金を持っている、怪しい奴と思われても仕方がない。

 先に帰ったらまずいくらいわかるが、帰りたい気持ちが膨らんでくる。


 少しずつ後ずさっていると、フェルナンがやっと出てきた。後ろに誰か引き連れている。

 サッと血の気が引いた。捕まえられるのだろうか。

 フェルナンが階段から小走りで降りてくる。


「行くぞ」

 フェルナンは再び玲那の腕を取った。後ろにいた人たちは関係ないと、別の方向に進む。


 安堵するのも束の間、フェルナンは脇に箱を抱えて、来た道を戻っていく。何の箱だろうか。そんなこと、尋ねる余裕もない。先ほどよりずっと早歩きなので、玲那は全力疾走だ。はあはあ言いながら走って、フェルナンの足についていく。


 その時、目端にうつった、

「たまご!」

「は!?」


 急ブレーキをかけたのは、玲那の足だ。しかし、フェルナンの力が強すぎて、つんのめって転びそうになる。あわあわ言いながらバランスを取ろうとすると、ボスンとフェルナンの胸にぶつかった。


「あ、ごめんなさ、」

 謝る声すら、喉に入っていくほどの、フェルナンの形相。美形の怒りの顔は、すさまじく美しく、それだけに飛び上がるほど恐怖を感じた。悲鳴すら出ずに、ごくりと息を呑む。


「さっさと」

「はい?」

「さっさと、買ってこい!」

「はいっ!!」


 怒鳴られて、急いで道端にいる女性から卵を買った。カゴに入っていた卵は五つで、八十ジル。蝋燭一本より安い。一ドレを渡すと、二枚のコインを返される。濃い黄色のコインだ。これが一ドレの下の高価のようだ。


「十ジルだ。一コイン、十ジル」

 怒っている割に、数を教えてくれる。さすが、ツンデレ。


 失礼にもそんなことを思っている場合ではなかった。フェルナンの歩みは早いまま。馬もどきのガロガがいるところまで、玲那は走り続けたのだ。

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