21−4 お出かけ

「全然、関係ないんですけれど、蝋ってここに売ってますか? もしくは、蝋燭の材料とか」

「蝋を買われるんですか? それは獣脂で作らないで?」

「材料がなくて」

「でしたら、店が向こうに蝋燭屋が。ちっと入り組んでますけど。でも、作るより高くなるでしょう。獣脂などは売っていないと思いますが」


 それは仕方がない。蝋燭を買うしかない。ちなみに、この板の加工はいくらかかるのだろうか。不安になる。


「物によりますけどね。大きさがこれくらいの板五枚、一ドレです」

 一枚千円ほどだろうか。相場かどうかはわからないが、手作業で切るのならば、安い方だろう。


 どんなものが必要か、細かく伝えるには時間がかかりそうだ。フェルナンを待たせているのが気になって、つい後ろを向く。開いた扉の前で、フェルナンが出入り口を塞ぐように立っていた。


「フェルナンさん。すごく時間かかりそうなので、あの、待っていただくと大変だと思うから」

「他にも買うものがあるんだろう?」

「そ、うですけど。でも、どれくらいかかるかわからないので」

「いいから、さっさと終わらせろ」


 ぴしゃりと言われて、すぐに男の人の方へ戻る。これは、早く終わらせないと。


 ツンデレにしても、優しすぎではなかろうか。オレードもフェルナンも、なにかと助けてくれる。常識の知らない小娘が、なにをするか気になるのかもしれない。

 お礼を考えるだけで、お礼していない。なにを返せばいいやらだ。


「あの、お客さんは、どこかの貴族の方ですか?」

 蝋の板に、欲しい手織り機のイメージ図を描いていると、男が小声で聞いてくる。そんなに貴族に見えるのだろうか。まったく違うと答えると、少しだけ安堵したような顔をした。


「すみませんね。討伐隊騎士様を連れてくるから、どちらの方かと思って」

「あの人は、親切な方で、城の外に住んでる私を、町まで連れてきてくれたんです。一人で住んでるから、気にしてくれて」

「あの男がですか!?」


 声が大きくなって、男は両手で口を押さえる。そんなことをしても、フェルナンには聞こえているだろう。真っ青な顔をして、玲那の体でその巨体を隠そうとした。無理がある。


「すごいいい人ですよ。言葉とか態度はあれですけど、お世話になってる人です。色々助けてもらって、ありがたいです」

「そ、そうですか」


 納得いかなそうな顔をしてくるが、本当のことだ。怖そうだけれど、怯えるようなことをする人ではないと、伝えておく。


 討伐隊騎士が嫌なのか、フェルナンが嫌なのか。町行く人たちは、フェルナンに気付くと怯えるような顔をして避けた。女性は避けつつも、遠くでその姿を見つめてくるが。

 怖いけれど、その美しさに視線が奪われるのだろう。それはわかる。人形のように整っているので、通りすがりでも振り向いてしまう。


 でも、怖い。だから、離れる。討伐隊騎士を嫌がるのはわかったが、フェルナンに至っては、恐れているようにも見えた。皆、震えて立ち上がるからだ。何か理由でもあるのだろうか。


 織り機は、なんとなく覚えていた方法で作ろうと思っていたが、男がどんな用途で使うのか、どこになにが必要なのか詳しく聞いてくるので、その説明をしながら話していると、もっと簡単にいくようにアドバイスをくれた。組みやすく、しかも、糸を変えても使えるように、太さが変えられるパーツも提案してくれる。パーツ分高くはなるが、それはそれで使い勝手がいい。


 さすがプロ。玲那がなんとなく考えていた手織り機を、完璧な物にしてくれた。


「七日ほどいただくことになりますね。今、ちと別の仕事が混んでるんで」

「七日で大丈夫です。取り来ます」


 代金は半額前払いで、荷物受け取り後に半額払うことになった。全部作ってもらっても、百五十ドレいかなかった。もっと高いかと思ったが、木材も小さいので、そこまで高額にならなかったようだ。


「フェルナンさーん。お待たせしました! いいの作れそうです。ありがとうございます」

「あとは蝋燭か?」

「はい。さっきお店、教えてもらいました」

「聞いていた」


 当たり前のように、フェルナンが誘導してくれる。玲那は後ろをついていくだけだ。小道を通ってたどり着いた蝋燭屋は、蝋燭だけでなく、先ほど男が使っていたボードも売っていた。

 そこまで種類はないが、大きな蝋燭がある。寺などに置いてある、手首より太い蝋燭だ。しかも長い。


 これだけ蝋燭があれば、すすがとれそうな気がする。金属にでも当ててすすを取れば、墨を作れるのではなかろうか。リトリトの皮を綺麗にする際に、にかわのようなものは作れるだろうし、混ぜれば墨になるかもしれない。そのうち書くものもほしいと思っていた。


 紙を作るのはまだ先なので、夢の一つである。今のところ、そこまで大きい蝋燭はいらないか。しかし、今後ずっと夜は蝋燭だということを考えると、これくらい大きくても良いのか。迷う。

 そもそも、蝋燭はいくらなのだろう。そこまで高くないと思うが。一番小さい蝋燭を指さして、金額を聞いてみる。一番小さいと言っても、太めのキャンドルだが。


「一本、九十ジルですよ」

 店の人の言葉に、玲那は停止した。


 ジルって、なんだ?


 その単位は初めて聞いた。一万円より大きい単位とは思えない。蝋燭一つで、鳥三羽を超える金額にはならないだろう。だとしたら、ドレの下の単位だ。

 バッグには、もう一枚コインが入っている。銀色のコインだ。五十円玉に似た色とサイズをしている。新しく、艶があるため、おもちゃのようにも見えた。一番価値が低いお金だと思っている。


「フェルナンさん、フェルナンさん。ジルって、これですか?」

 入り口で待機しているフェルナンに、そっと五十円玉もどきを見せる。

 すると、真顔のまま横目で見たのに、そのコインに気付くと、すぐに凝視した。


「違う。こんなもの使うな」

 冷たく言い放つと、フェルナンは、なにを買いたいのか聞いてくる。ほしいのは、いくつかの蝋燭。

 金属でできた筒状の缶に入った蝋燭が、何種類かある。金属は鉛色で銅か真鍮か。あれも買いたい。あの容器を使い回せられそうだからだ。蝋燭が漏れていないのならば、オイルキャンドルが作れる。植物油が入れられるのだ。


 伝えれば、お店の人から金額を言われて、フェルナンが玲那のショルダーバッグからお金を出した。お釣りを受け取り玲那に渡すと、玲那から奪ったトートバッグに購入したものを突っ込み、外に出て行ってしまった。


「あわわ。あ、ありがとうございましたー」

 購入したのは自分だが、普段通りに礼を言って出ていく。先に店を出たフェルナンがいない。どこへ行ったのか辺りを見回せば、小道に隠れるように壁を背にして佇んでいる。


 誰か、見られなくない人でもいたのだろうか。よくわからないが、走ってそこまでいくと、いきなり腕を引っ張られた。


「あのコインをこんなところで出すな。襲われるぞ」

「は?」

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