17−2 チート
「この図鑑、面白いですね。ありがとうございます。絶対会いたくない感じのばっかだけど。ちっちゃ可愛いのもいますけど。凶暴って言葉が、やだな」
凶暴のレベルが計り知れない。怖い。肉食とか書いてある。怖すぎる。
しかし、玲那は見付けてしまった。
「美味ってなに、美味って!」
「美味は、美味ですね」
「魔物、食べられるって言ってたからな。おいしい魔物もいるんですね。ステーキとかにするのかな。牛の大きいやつみたいな。絶対、強いやつ。えーと、大きさは、七メートル!? 象じゃん!」
ヘラジカのような、大きな角があり、その角を入れれば、
「十メートル。なんなの。十メートル、普通なの?」
それを狩ったところで、全部のお肉を食べ終わるのに何日かかるのだろう。
川向こうに、そんな化け物が住んでいる。それは近付いてはならないやつである。
どの辺りで出没するかも書いてある。しかし、地名がわからないので、どこだかわからない。分布図はないのか。
最後のページに分布図が載っていた。子供の図鑑のように、山や木、町が簡単なイラストで描かれ、魔物もイラストだ。なんの魔物か文字では書いていないので、イラストで判断するしかない。
この分布図で、この領土がどのような形をしているのかがわかった。分布図は領土の地図になっており、城や村の位置が描かれていたのだ。
「村は、結構数あるんですね。ここの領土って広いんだ?」
「領土としては狭い方でしょう。お住まいの家はこの辺りですね。ほとんどが山になっており、城を中心として村が点在していますが、大きな町は城と隣接しているここだけ。小さな領土です」
城の町から放射状に道があるが、村がぽつぽつとあるだけ。玲那の住む村は山際で、一番遠い場所にあるのかと思ったが、それよりも遠くにある村が多い。むしろ、この村は城に近かった。
それでも、使徒の説明通り、山や森が多く、人の住処は少ない。
「田舎の領土なんですか?」
「国の外れの領土ですからね。都はここからとても遠いですよ」
都は聖女うんぬんで面倒そうな気がするので、近付きたくない。遠くて良かった。
「では、お望みのチートを与えましょうか」
「は!? いらないです。いらない」
なんでそうなった。使徒は無表情のまま、音も立てずに立ち上がる。
「異世界人にチート与えるのがお役目なんです?」
「とんでもない。誰にもそのようなことはしていませんよ。皆が皆、能力に長けた方々だっただけですから」
玲那に能力がないからくれるということだろうか。しかし、能力あるとはいえ、聖女なり勇者なり担がれるのもすごい気がする。元々特化した力を持っているのか、そういったことが当たり前の世界にいた人たちなのか。
「至って普通。それは、あなたの世界の話であって、他の世界に行けば違うこともある。また逆も然りですね」
「そうでしょうけど。私はこちらでは普通以下だから、おまけでチート能力くれるってことですか?」
「能力ではありませんね。これをどうぞ」
使徒は、白の細いブレスレットを出してきた。能力ではなく、道具のようだ。
「もしもの時に使われると良いでしょう。無理にとは言いませんが、ここは場所が場所ですからね。お持ちください。ただし、人前で使わないことを推奨します」
それは、間違って人前で使えば、聖女とか言われるやつではなかろうか。嫌そうな顔をしていると、使徒が手を取って、無理にはめた。そして、手首に触れると、きゅっと狭くなり、取れなくなった。
「罠。罠ですよ!」
「失礼な。お守りですよ。使い方は、練習してください。ビッと出て、バッとなりますから」
なぜ擬音。玲那の右手首には、ぴったりとブレスレットがはまっている。そうして、白色が肌の色に変化し、手首に馴染むと、消えてしまった。
「え、どうなってるの!?」
「右手をかざし、何かを出す感じで、ビッと出ます」
なんだそれ。適当すぎる説明ではなかろうか。
「では、お茶をご馳走様でした」
「え、ちょっと待っ、もう、コーヒーだってば!」
使徒は逃げるようにさっさと姿を消した。残ったのは、使徒が飲み終えた器だけ。
手首にはもうなにもないが、これで何かが飛び出してくるのだろうか。
何が飛び出すのかわからないので、人のいない場所で練習する必要がある。どんなものが出てくるのか。
「ビッて出て、バッてなによ」
玲那があまりにも能力がなさすぎて、おまけでくれたようだが、それが異世界人だと思われる証拠になるのは困るのだが。
今日は珍しくゆっくりしていたが、そのために来たのかもしれない。
使徒にコーヒーもどきを出せば飲んでくれたが、やはり謎な人だ。
人ではないか。神の使徒である。
使徒は、おまけはくれるが、人生は自分で切り開けと言いたいようだ。
「人生はそれが当然だよ。自分でやんなきゃだよね」
危険を回避するための、もしもの緊急用武器だと思おう。魔物がいる場所に行くつもりはないが、獣相手にもしものことがあるかもしれない。ありがたくいただいて、しっかり練習し、変に使ったりしないように気を付けないといけない。
なんといっても、ビッと出て、バッとなるあたりが怖すぎる。右手をかざして、ビッと出たら困る。
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