17 チート
いただいた糸車で、カラカラと糸を巻く。カラカラ、カラカラ。スピードを上げると、ガラガラ、ガラガラ。大きな音が、部屋の中に響く。
「このコーヒーは、コーヒーと申しますか、お茶と申しますか」
カラカラカラカラ。ゆっくりやった方が、綺麗な糸になる気がする。スピードは上げずに、同じ太さになっているか確認しつつ、親指と人差し指で糸を挟み、丁寧に糸を紡ぐ。
「焦げた匂いは、良い香りですが、コーヒーとは言いにくいような」
一度コマのような道具で、糸を紡ぎ、棒に糸をまとめた。ふさふさで毛羽立っている糸を、コマを回して棒に絡めるのだ。その時に、指で押さえながら、よって毛羽立ちのない糸にする。
それでも毛羽立っている気がしたので、糸車を使うことにした。念入りによらなければならない。なにせこれは、下着に使う糸だ。ぼさぼさは嫌だ。肌が傷付き、痒くなる。
工程が合っているかわからないが、糸車で巻いていると、ぼさぼさの繊維が、糸っぽくまとまった。
「ふー。いけるかも!」
「コーヒー、冷めてしまいますよ」
椅子に座ってくつろいでいる男は、一通り文句を言いつつ、手作りのコーヒーを口にしている。砂糖もミルクもないので、そのまま実の味だが、うまくできたと思っている。
「ちゃんと、コーヒーっぽくないですか?」
「コーヒーと申しますか」
いちいちうるさい。使徒は、ずず。とお茶を飲むようにコーヒーを口にした。木でできた取手のない湯呑み風なコップなので、お茶を啜っているように見える。でも、コーヒーだ。
「なにで作られたんですか?」
「その辺の木の実です」
「木の実。まあ、コーヒーは、木の実ですからね」
リトリトが食べていた木の実を、試しに潰してみたのだ。炒って実だけにして食べていたのだが、量が多いので、乾かして保存食にしてある。そのうち、実験として少しだけさらに炒ってみた。焦げるほどではないが、香ばしい香りがしたその実を砕き、細かくし、お湯を注いだ。濾し器はないので、粒は沈澱している。
飲んでみると、香りの良い、コーヒーのような味がした。
「おいしーでしょ。ミルクがあったら最高なんですけど。私は牛乳派」
「はあ。コーヒーと申しますか。焦げたお茶」
「うるさい」
「濃いめの、ほうじ茶と申しますか」
「もう少し粉少なくすれば、ほうじ茶っぽいですかね」
「ほうじ茶かと」
コーヒーだ。コーヒーったら、コーヒーである。
水以外の飲み物が飲める幸せ。噛み締めたい。最近は糸の草、葉っぱ湯を飲んでいた。案外あれもいける。夏はさっぱりした水になると思う。夏まで持つかわからないが。今は乾燥させて、厚めの木の入れ物に入れ、コルクのような蓋をして保管してある。
この家には瓶がないので、蓋も木材だ。虫が湧かないか、ドキドキである。
「混ざると、お粉が口の中に入ります」
「濾し器がないんで。布ができたら、濾過する道具も作らないとですね。漏斗作るのは道具がないから、枝を組んで、ツルで巻いて、取手付きの網作ろうか。これなら楽ちん」
アイデアが出たので、すぐに作ろう。棒は糸作りで出た茎がたくさんある。あれを乾燥させれば良い。
「楽しそうですね」
「楽しいです。色々不便だけど、やることたくさんあって、充実してます!」
「それは、なによりです。では、こちらを」
出されたのは新しい本だ。どこから出したのか、厚さのある、大きめの本がテーブルの上に置かれる。パラパラめくると、見たことのない不思議な生き物がイラスト付きで載っていた。
魔物の本だ。
「糸が欲しいようなので」
「喧嘩売ってんですか?」
「とんでもありません。上等な糸が取れるそうですよ。けばけばのかさかさではない、上等な糸が」
けばけばで悪かったな。それでも、大切な糸である。
ご丁寧に、巣から糸が取れるという、ギモバという魔物のページに、紙のしおりが挟んである。
「くもおぉ」
「そうですね。蜘蛛に似た魔物です。取りに行くのは、苦労があるでしょう」
「苦労で済めばいいですけどね」
ギモバは蜘蛛に似た魔物で、血液が固まったような濃い赤の硬そうな毛が生えており、真っ黒な楕円の目がついている。白目がないので、虚無だ。どこを見ているのか、まったくわからない。
「サイズ、やばくないですか。一メートルから五メートル? 誤差ありすぎ。巨体のものは、十。え、十メートル!? は? 十メートルって、どれくらい??」
「十メートルは、十メートルですね」
使徒の突っ込みはおいておく。想像がつかない。一般的な家の二階建てくらいの大きさだろうか。もっと大きいかもしれない。
それが魔物なのか。
「足伸ばしたら十メートルじゃなくて、足畳んだ状態で、十メートルなのか。足伸ばした高さ、十八メートル。ばかばか」
威嚇する際に、足を伸ばし、身長を高くする。その時の高さが、十八メートルだそうだ。化け物すぎる。
そんな魔物の巣を奪うなどと、高価で当然。しかも、上等な糸になるのだから、高額で当たり前だった。
そんなもの、取りに行けるはずがない。
これと討伐隊騎士は戦ったりするのか。超人では?
「魔法が使えるから、これくらい、ちょちょいのちょいなんですかね」
「さて。人によりけりでしょうが、これくらいの魔物ならばいけるのではないですか?」
適当に言っている気がする。コーヒーもどきをすすり、絵画のように美しい真顔で答えるが、使徒はこの顔で結構適当なことを言う。
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