15−2 ガロガ

「ごめ、ごめんね。つい、」

 ついではない。オレードは笑い上戸なのか、あろうことか涙を溜めて笑っていた。睨め付けると、咳払いをして誤魔化す。


「ガロガを売って金にしたらどうだ。桶も種も買える」

「そ、それはちょっと。持ち主がわかっていることですし」


 フェルナンの提案に、軽く苦笑いをする。討伐隊騎士のガロガだと言っているのに、勝手に売るなど、考えられない。ただの盗みになってしまう。

 しかし、フェルナンは理解できないように、首をほんの少しだけ傾げた。冗談で言っているのではないのか。


「手放した奴が悪い。長く放置していたのだから、自業自得だ」

 逃げられてしまったのだから、自業自得だとしても、売られたら嫌だろうに。それに、売ってしまっては、自分の心が痛む。痛むというより、悪さをしたことについて後悔する。良心が痛むという話だけではないのだ。


「馬はお返ししますから、仲間の方に、持って帰ってもらってもいいですか? このまま畑の野菜を食べられては困るので」

「仲間じゃない」

 きっぱりとした拒絶に、なんだかよくわからなくなってくる。先ほど討伐隊騎士と言っていなかったか?


「持ち主には取りに来させよう。レナちゃんは、謝礼を受け取るといいよ」

「謝礼、ですか。なにもしてませんが」


 畑の野菜は食べられてしまったが、拾って届けたのならまだしも、玲那はなにもしていない。

 オレードは四角い目を丸くした。不思議そうな顔をして、まじまじ玲那を見てくる。

 彼らは感覚が違うのか、話が通じない気がした。


 人のものを拾って売るのも、ただ拾ったものを見つけただけで、謝礼をもらおうとするのも、玲那の感覚では考えられない。例えば、財布を拾って何割もらえるとかあるが、もらう気も起きない。自分のお金ではないからだ。自分が礼をしたくて払うのならまだしも、礼をもらうために届けたりはしない。


 困っている人がいるかもしれないのだから、知らせてやろうという、善意だ。それ以外ではない。自分が困っていた時、戻ってくれば、嬉しいではないか。

 そう言うと、二人は顔を見合わせた。不可思議なものでも見るような顔で、再び玲那を見つめる。


「お手数でしたら、自分で連れてきます。お城の門の人に言えばいいですか?」

「手数ではないよ。すぐに取りにくるように伝えるからね。今、呼ぶから」

 オレードは手を伸ばすと、指先から蒸気を出した。それが雲のように形をなすと、鳥となり、城の方向へ羽ばたいた。


「なんですか。あれ! 飛んでっちゃった!」

「連絡用の魔法だよ」

「すごーい。便利ですね」


 あっという間に見えなくなってしまった。真っ白な雲が風に流れて消えてしまったみたいだ。

 かっこよすぎる。魔法羨ましい。


 ガロガの手綱を拾い、フェルナンが近くの木に結んだ。畑から離してくれてありがたい。やはりツンデレ。


「勝手に取りにくるだろうから、そのままにしておくといいよ。どこか行く気だった?」

「今日は、お魚捕りに行こうかと。あと、なにか探しに」

「なにか?」

「なにかです」


 なにかがあれば取ってきたい。頷くと、オレードがふっと微笑む。

「イケメンの微笑みすぎる」

 つい口から本音が溢れてしまい、きゅっと口を閉じる。オレードはごつめの体格をしているが、顔はイケメンだ。四角い目が垂れ下がると、柔らかいイケメンになる。つまりイケメン。


「いけめ?」

「いえ、なんでも。これからお仕事でしたか? 引き止めてすみませんでした。助かりました」

 イケメン通じなくて安心して、口早に礼を言う。また助けてもらってしまった。礼がかさむ。


 オレードとフェルナンは、ガロガに跨ると、そのまま森に入っていった。普段はどこかにガロガを繋いでいるのだろう。

 この時間から仕事なのだろうか。玲那が起きたのが遅かったのかもしれない。彼らは時間をどうやって測っているのだろう。城に時計でもあるのだろうか。


「鐘が鳴るとか?」

 城にならありそうだ。村人はどうしているのだろう。遠目にある、アンナの家には人影が見える。旦那さんだろうか。家の前でなにか作業をしているようだ。


 ここに住んでいると、村人たちが訪れてこない限り、人に会わない。特に玲那は森の中に入るので、村の方を見ることもほとんどない。作業をする裏庭が、森の方を向いているからだ。畑仕事をすれば、村の方角は見えるが。


「たまには、村の人と交流とった方がいいよなあ」

 まだ、孤独だとは思わないのは、オレードやフェルナンに会っているからだろう。彼らに会わないと、途端一人で独り言だ。

 まるで、病院の中のような。


 自分のいた部屋には、同じように病に苦しむ子たちがいた。玲那よりももっと深刻で、いつもカーテンを引いている子もいた。

 幼い頃から入退院を繰り返していると、大抵顔見知りになる。

 それが、時折、違う人になったり、ベッドが空いたりした。

 次はいつ、誰が、そうなるのか。それとも、自分になるのか。


 孤独になったのは、昔から仲の良い友人が、皆いなくなった時。

 あの子たちは、同じ世界に、新しく生まれ変わったのだろうか。


「今度こそ、長生きできればいいよね」

 呟いて、お腹が鳴りはじめたので、朝食を食べることにした。馬もどきのせいで、朝食がまだだったのだ。


「馬もどきは、ガロガ、ね。名前を忘れないようにしないと」

 そういえば、馬はガロガだったが、フェルナンは桶を桶と言っていた。


「言葉って、何語話してるのかな。こっちの言葉話してるのか、変な翻訳がかかってるのか、謎だよね。馬は、似ているけど別物だから、ガロガなんだろうなあ。桶は共通で桶? あっちにもこっちにもあるものは、共通語? 糸も通じたしな」


 桶はこちらにもあるので、桶だ。もしバケツと言ったら、通じないのかもしれない。バケツといえば、水色のあれだからだ。タライは通じるだろうか。ステンレス製のタライがあれば、通じるかもしれない。

 あまり変な言葉を使わないように、気を付けなければ。イケメンは通じない。通じなくて良かったが。


「さ、ご飯、ご飯。ぺこぺこだよ~」

 歌いながら、先に井戸の桶を洗うことにした。ガロガが顔を突っ込んで、土やら草やらがついている。取手のついた桶はないので、鍋を繋げて水を汲むしかない。


 溜め息混じりで部屋に戻り、はたと足を止めた。玲那は起きたばかりである。顔すら洗わずに、オレードとフェルナンに会っていたことに、今更気付いた。

 しかも、下着も履いていない。一枚着ていただけ。


「おああああ!!!」

 頭を抱えて、よくわからない悲鳴を出して、玲那は一人悶えたのだ。

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