15 ガロガ

「わあああん。だめだめ、食べちゃ! やめてよおお!」

 人の畑で、黒に近い茶色の大きな馬もどきが、もりもり畑の葉っぱを食べている。引っ張っても、押しても、身動き一つしない。


 カンガルーみたいな耳をして、叫ぶ玲那の声を捉えるが、無視して長い尻尾で叩いてくる。その尻尾たるや、狐のようにふさふさで、しかし顔に当たれば、ポニーテールで叩かれるレベルで痛かった。


「うう。どこから来たの。どこんちの馬もどきなの!」

 鞍を付けているのだから、人の家の子だ。手綱が切れてしまったのか、地面を擦っていた。それで逃げてきたのかもしれない。


「ほらー、まだそれ小さいんだよ。食べたらもったいないよ。これから大きくなるんだよ!」

 馬もどきはもしゃもしゃ食べている。おいしぞと言わんばかりの顔をして、口をキリンみたいに動かしているのが、また腹立つ。ものすごく馬鹿にされている気がする。


「それやめて、セロリ食べなよ。葉っぱいっぱいあるから」

 玲那は頑としてどこうとしない馬もどきに、この間採ってきた糸の材料で邪魔になった葉を馬もどきの前に出す。匂いが気になるのか、すんすん鼻を動かして香りを嗅いだ。

 お、いけるんじゃない? 思ったのも束の間。鼻息で勢いよく飛ばされた。


「うえええん。やめてよお。食べちゃダメだってば!!」

 馬もどきは知ったことかと畑の野菜を食べる。葉っぱを引っこ抜くと、ヒョロヒョロの大根もどきが出てきた。あれはこれから大きくなる予定らしく、前よりふっくらしてきたところだ。それを葉から引っ張って、土ごと食べてしまう。

 これはもう、お尻を叩くべきか。お尻を叩いたら、後ろ足で蹴られないか。蹴られたら即死である。


「ううう~!!」

 唸ることしかできない。


 朝起きたら、窓から、ぶふー、という変な鳴き声が聞こえた。森から獣でも出てきたのか。窓から覗けば、いたのはこの馬もどき。まだこの時は畑を荒らしていなかったが、庭の柵の向こうにいたのに、リビングに降りた時には庭に入り込んで、もしゃもしゃ口を動かしていたのだ。


 大切な今後のお野菜。食べられるわけにはいかない。

 近寄って追い払おうと思ったら、馬もどきは案外大きく、近くに寄って触れるにも度胸がいった。

 太い首。筋肉質な体。足が長い。馬ってこんなに大きいの!? 討伐隊騎士が跨っている時も、こんなに大きかったのだろうか。オレードやフェルナンは身長が高い。彼らだから乗りこなせるサイズなのだろうか。


 馬は大人しい品種だと聞いたことがある。これは馬もどきだが、きっと似たような性質だろう。多分。

 そう思って、ゆっくり近付いて、そっと手綱を拾おうとしたら、すごい目付きでぶるんと首を振られた。

 ついでに手綱がべちんと額に当たった。めちゃくちゃ痛い。


 けれどそこを我慢して、体に触れる。今度はなにもされなかった。餌を食べているのに邪魔をしたので、怒ったようだ。しかし、退くように体を押してみれば、うんともすんとも動かず、押し続けていれば、尻尾ではたかれる。相手にならない人間だと気付いたか、ガン無視で玲那を尻尾で叩いた。


「どいてよお! もう食べちゃダメってば! ほうきで叩くよ!!」


 鍋を太鼓がわりにして、大きな音で脅かすか。クワでも持ってくるか。クワでは怪我をさせてしまうかもしれない。やはり、鍋か。押しながら考えていると、べちん、と後頭部に尻尾が当たった。


「あだっ! もう許さん! もう、許さん!!」

 相撲のように、平手でべちべち馬の腹を叩いて、鍋を持ってこようと家に戻ろうとした時、救世主が来た。


「レナちゃーん。なにしてるの~?」

「オレードさん! 助けて。助けてー! この子がお野菜食べちゃう。私のお野菜が。ご飯がー!」


 うえーん、と泣きついて、オレードを招いた。オレードはフェルナンと同じ馬もどきに乗って、のんびり歩いてきたが、事情を察してオレードだけ馬もどきを操り、走ってきてくれる。


「手綱が切れてるな。どこからか逃げてきたみたいだね」

「私のお野菜が。お野菜がー!」


 余程お腹が減っていたのか、畝の一列を食べ終えるところだった。馬もどきは大根もどきが好きらしい。

 せっかくのお野菜が一列全滅だ。涙が出そうになる。


「うちのガロガだな。城からこんなところまで逃げてきたのか?」

 のんびりやってきたフェルナンが、馬もどきを見て呟いた。ガロガという名前の動物らしい。見てすぐ城のものだとわかるものなのだろうか。


 オレードが、鞍についている模様で討伐隊騎士のガロガだわかるのだと教えてくれた。鞍の形が決まっているそうだ。オレードの乗っていたガロガの鞍も、そっくり同じ形をしている。メーカーなどが違えば、作り方も独自に違うのだろう。用途によっても形が違うのかもしれない。

 それはともかく、城からここまで結構距離がある。迷うにしても逃げたのに気付かなかったのだろうか。


「城から逃げたのは無理があるよ。前に、森でガロガから落とされて、逃げられた奴がいたねえ。あれのガロガかな」

「いつの話だ。とうに一月は前じゃないか?」


 こちらは月を使うようだ。別のことに気を取られつつ、ガロガが討伐隊騎士から逃げたものではという意見に納得した。だから野菜を食べてしまったのか。余程お腹が減っていたのならば致し方ない。腹ペコは切ない。

 ガロガは満腹になったのか、ゆっくり歩きはじめる。畑の中を歩くのはやめてほしい。体重があるので、土が沈む。ガロガはぶるぶる言いながら、何かを求めるように顔を振った。


「お水、飲みたいのかな。おいで」

 玲那は井戸から水を汲む。ガロガが水の匂いに誘われて近付いてきた。ガロガが飲めるバケツなど、あるだろうか。探す前に、ガロガが井戸用の桶に顔を突っ込んだ。


「ひえ。ダメ、それで飲んじゃ。井戸用。井戸用だってば!」

 知ったことではないと、ガロガは首を突っ込んだまま、桶から水をガブガブ飲んだ。

 がくりと玲那はしなだれる。井戸に入れる専用の桶なのに、それ以外にないのに、首を突っ込んで飲んでいるのだ。洗うにも、水を汲めない。これは、詰んだ気がする。


 ガロガが満足げに顔を上げた。恨めしい目で見遣ったが、ガロガはもう落ち着いたと、機嫌良く尻尾を振っていた。

 そうして、オレードはなぜかお腹を抱えて座り込んでいる。笑いすぎではなかろうか。

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