16 お礼

「さすがに。さすがにね」

 一人ぶつぶつ言いながら、玲那は繊維を裂いていた。


 さすがに、下着なしで医者や看護師以外に会ったのは初めてだ。下着なしの服に慣れ過ぎていた。ここは病院ではない。しかも、ほとんど見知らぬ男の人たち。

 あり得ない。


「恥を知れ!」

 誰に言うでもなく叫んで、再び手元の繊維を手作りのくしで裂く。


 くしはリトリトの尾で作った。ダニなどの虫がいると怖いので、しばらく沸騰した湯に漬け、灰を入れて綺麗に洗い、乾かしてから針を抜き、もう一度綺麗に洗って乾かしておいた。肉から抜くのに若干勇気がいったが、躊躇する余裕はない。

 綺麗にした針を並べ、細めのツルで繋ぎ、丁度良い長さに切った。そのままでは隙間の広いコームのようになってしまうので、それを丸めることによりブラシにした。剣山なみに鋭いので、扱いは慎重にする。


 煮た茎から皮を取り、その皮から繊維を取り出す。残った茎はもう不要だ。そのうち何かに使えるかもしれないので、乾かして倉庫に置いておく。茎から取った繊維は、お湯で煮て柔らかくしたものだ。水を入れて放置してある茎は、まだそのままである。


 取った皮から繊維を取り出すには、表皮が不要だ。一番外側の皮を取るために、こそぎ落とす必要がある。

 そこで、広げた表皮を文鎮代りの石で固定し、平べったい石でこそぎ落とすことにした。しかし、思ったよりも固く、綺麗には取れないので、一日中、水に漬けっぱなしにしておいた。そこから再び平べったい石で削り、擦って綺麗にする。大体落とし、そこからさらにツルで作ったブラシで、こそぎ落とすのだ。


 時間がかかる。かかりまくる。だが、行うしかない。皮が少しでも残れば綺麗な糸ができない。根気のいる作業だが、必要な工程だ。

 これでまだ刈ってきた茎の半分。手作業は気が遠くなる。しかし、やらねばならない。


 これまで朝から森の中で魚釣りや探索をし、夕方になったら家での作業を行なっていたのだが、午前中でそれを終え、午後から糸製作を行なっている。

 一日中は費やせない。食事の材料が必要だからだ。肉と野菜だけではすべての栄養が取れない。魚が必要だ。ビタミンも必要なので、木の実や果実を探す。今は午前中探索だけで我慢だ。


 なぜなら、下着が必要だからだ!

 ちくちくがどうした。がさがさで肌が痛痒くなっても構わない。自分には、下着が必要なのだ。せめて、もう一着。

 乾かした繊維を無心でとかし、髪の毛のようにサラサラにする。この一本一本が糸になる。


「結構黄色いよね。これ白くなるのかな。日に当てれば、薄いベージュになるのかしら」

 繊維の色は黄色だ。残った茎は真っ白だったのに。

 黄金色の繊維は、まとめれば稲穂のようだった。お米食べたい。


 繊維をとかす。無心でとかす。糸っぽくなってきて、腕も早くなる。しかし、ここ最近の作業で、腕が痛い。湿布が欲しい。お風呂が欲しい。


「そうだ、お風呂! 大きい桶とか買えないかなあ。買ったところで、運べないか。半身浴でいいからお風呂入りたいよ。沸騰したお湯、庭でいくつも作って、一気に樽に入れて、半身浴。それでもいい」


 そのためには、鍋と、自分が入れるサイズの樽が必要だ。湯が漏れないような樽。さすがにどちらも購入することになるだろうが、持って帰ってこられるかが疑問である。だが、欲しい。

 今は大きめの樽を使い、そこでお湯を張って頭や体を洗っている。中に入ろうと思えば入れるが、溢れたら掃除が大変だ。今でも使っている間に周囲が濡れて、掃除が大変になっている。なにせ、トイレ以外は木の床なので、お湯をこぼしてばかりだと、腐ってしまうかもしれないからだ。


「だったら、外にお風呂作るかなあ。五右衛門風呂ほしいー。台作って、煙の出る場所作って」

 それは難しいが、外に風呂を設置するには、お風呂場を作る必要がある。

「囲えればいいんだよ。誰も来ないんだから」


 オレードとフェルナンが、夜中来ることはないだろう。家の裏手、村人が来ても気付かれないような場所に、風呂用の桶を置き、周囲を囲う。裸足で入れるように、台所の裏口にスノコでも置いて、通れるようにするのはどうだろうか。スノコは誰が作るのか。自分だ。

 だが、隣にはトイレの出し口がある。そこには隣接したくない。


「トイレの道を掘って、斜めにして、端っこに流れるようにしようかな。いちいち運ぶのがなんとも。だって、出入り口がないから、毎度裏口から外に出なきゃいけないわけですわよ。めんどくさい。汲み取り式のトイレって、溜まったの、別のとこに捨てるんだよね。キッチン裏口の側に溜めとくのは、ちょっとねえ」


 お手洗いは、専用の桶に用をたし、庭の端っこに穴を掘り溜めていた。古い時代は用をたした後、溜まった汚物を肥溜めに運んでいたはずだ。畑で使うため、畑の側に肥溜めを作り、そこに入れて発酵させていた。ような気がする。


「深い側溝を作って、糸作りで集まった茎を敷き詰めて、流せるようにする? 下水路作っても真面目に流れなかったらすごい悪臭。うまくいくかな。いかなかったら悲惨」

 深く掘って、木組みのパイプを作り、地面に埋め、流れるようにしても、水の量によっては溜まってしまう。それでは、途中で異臭がするだろう。それに、木のパイプではすぐに腐ってしまう。


「やっぱ、今まで通り、終えたら運ぶしかないのか。嫌だ! 水洗トイレ作りたい!」

 そして、肥溜めは家から離したい。雨でも降って逆流したら、地獄だ。今は庭の端っこに作ったが、水洗トイレを作るとして、そこまで流れなければならない。途中で止まって詰まってしまったら、それはそれで地獄である。

 トイレ問題。妥協したくない。庭には井戸もあるし、変に改造して井戸に影響しては困る。


「めちゃめちゃ深く掘って、肥溜めにするしかないか。基礎杭深く沈ませて、木で囲って、蓋をして。斜めに作る。にしても距離がなあ。庭の土地出て、外に流したい。できたとして、お風呂は裏口のお隣に作るしかないか」


 簡易的ならば、布で囲えばいい。雨や冬の頃は使えないが、今ならぎりぎり夜に入ってもそこまで寒くない。そのうちそのまま焚けるようにしたいが、五右衛門風呂のように石造りでないとできないだろう。

「土かあ。さすがになあ。でも、土あったら、焼き物できるよね。焼く窯がないけど」

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