13 オレード

「あの子供が気に入ったのか?」

 歩きながら振り向きもせず、フェルナンが問うてくる。村人を気にするなど、なんとも珍しいことだ。

 オレードは口にしないまま、前を歩くフェルナンの隣に並んだ。


「子供ではないだろう?」

「子供扱いしていただろう」


 していたが、それは年下に見えたからだ。

 言葉遣いはしっかりしているが、言動は幼く感じた。貴族の娘を見慣れている自分からすれば、レナを比べるのは酷だろうが、十歳の娘でも、フェルナンを見れば、頬を染めてうつむいた。


 話し掛ける勇気などない。町の女たちは討伐隊騎士だと忌避しつつ、フェルナンの美貌には惹き付けられる。

 レナも最初は惚けた顔をしたが、すぐに魚が食べられるかを問う程度。その後は、他の女のように見つめ続けたり、興味を得られようとわざと視界に入ろうとしたり、フェルナンの気を引こうとする真似などはしなかった。


「気になる子だよ。フェルナンも気になったんじゃないの? 森の中で女の子一人、魚なんて釣っているんだからね」

 フェルナンはなにも言わず、顔を背ける。否定はしないので、気になってはいるのだろう。正直に言えばいいものを。フェルナンにしては、かなり親切に相手をしていた。


 昨今、村人が森の中に入ることはない。領主が聖女にうつつを抜かしていた頃、村人は獣や魔物の肉を得るために、大人数で森に入っていた。食べる物がなく、飢えに苦しみ、凶暴な魔物や危険な獣を相手にしてでも、糧が必要だったからだ。


 獣の種類によっては、大怪我をする。魔物に至っては、簡単に返り討ちにあう。飢えで森に入ったのに、殺されては意味がない。そこで大人数で行動し、全滅を防いでいたのだ。

 当時の魔物は、川向こうでも山際に近い場所に出没していた。現在、川向こうの、川近くまで現れるようになったのは、人々が餌を得に、餌になってしまったが故である。結果、魔物を村の近くまで呼び寄せてしまった。


 前に比べて飢えることが少なくなった現在では、森に入る者は少ない。入っても大勢で、男ばかりだ。

 冬の支度になれば、女たちも森に入るが、安全な場所を確保してから同行する。

 昔に比べて、魔物を避ける術も増えた。それでも、女一人で森に入ることはない。


「余程の理由なんだろうね。金を稼ぐ気はまだないってところが、特に。金は持っているけれど、使いたくないんだろうな。それに、本を持っているとなると」


 本は高額だ。村人たちが手にする物ではない。持っていて豪商か。貴族でも手にできないこともある。

 それを簡単に、本を見るからと言いのける。本を持つほど金を持っていながら、糸の材料を森の中に取りに行く。妙な話だ。


「あの女の手、貴族の女みたいに綺麗だった」

 さすがに気付いていたか。フェルナンの言葉に、オレードは頷く。


 レナの手は、村人にしてはまったく荒れておらず、指先までとても綺麗だった。子供の頃から仕事をする村人の手ではない。であれば、余程金持ちの生まれなのだろう。


「商家の生まれなのか。とは思ったんだけれど、それも違うような気がするんだよね」

 討伐隊騎士を前にして、物おじしない態度が気になる。貴族だと気付けば、目を見ないように頭を下げて、怯えるように後退りするだろう。

 剣を持っているだけでは、貴族と思わなかっただろうか。城に進む姿を見れば貴族だと思いそうだが、態度は変わらない。


「リトリトをさばいている時に凝視していたから、どこぞの令嬢ではないと思うけれど、貴族に対しての畏怖は見られなかったね」


 貴族の令嬢ならば、騎士でもない限り、獣をさばく様など見たら気を失ってしまう。貴族でなければ、オレードたちと会話をするにしても、もう少し遠慮をするものだ。

 どちらでもなく、レナはフェルナンのさばく姿をじっくりと眺めていた。生きていくために肉をさばく必要があるのだろうが、村人ならば獣をさばくことには慣れているだろう。けれど、フェルナンがさばき始めた時、レナは一瞬驚愕して見せた。


 貴族でなく、ただの村人とも違う。ならば商人の娘だろうか。フェルナンの手さばきを、瞬きひとつせず見つめる姿。慣れていないのに、気概があると言うべきだろうか。


「貴族と言われて口を開けて驚いていたから、それだけは違うだろうね」

「だが、ただの平民には見えない」

「訳ありなんだろう。まあでも、面白い子だよ」


 リトリトから逃げながら、対抗しようとしたところが良かった。怯むことなく叩き落とそうとする姿は、生命力に溢れて美しかった。フェルナンが助けなければ、とても危険だったが。


「森の入り口に、老人が住んでいたね。死んでから経っているから、そこに住んでいるんだろう。森の入り口にある家なんて、あそこしかない」

「気になるのか?」

「どんな生活をしているのか、フェルナンも気になっていないの?」

「気にならない」


 素っ気なく答えて、剣を取り出す。前から魔物の気配を感じたようだ。獣並みの感覚に苦笑いしたくなる。おかげで、レナを助けられたのだが。


「しばらくは、あの辺りを守ったほうが良さそうだね」

「どうでもいい」


 そんなことないだろうに。

 レナの質問に意外と答えていたぞ。とは言わず、オレードも剣を出した。

 気兼ねなく話し、心からの礼を口にするレナに、少なからず良い印象を持ったのだから気になるだろう? そう思いながら、向かってきた魔物を切り捨てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る