12−3 リトリト
百人の服を作れる分の糸の材料を手に入れたところで、糸を紡いだりすると、どれくらい時間がかかるのか。考えただけで気が遠くなりそうだ。
そんなことを考えていると、目の前のリトリトの肉が、じゅわっと油を流して良い匂いを出してきた。
あの油もったいないなあ。なんて思ってしまうあたり、貧乏性が板についてきた。ポテトと一緒に炒めたい。絶対美味しい。塩も欲しい。本当に美味しい。
リトリトはカピパラのようにずんぐりむっくりの体型なので、肉が厚めだ。しっかり焼いている。
寄生虫とかいるのかと、ぼんやり考える。鶏肉ならば、カンピロバクター食中毒がある。
「生で食べられないんですか?」
「食べられないよ。腹を下す」
「生で食べたいか?」
オレードの答えの後、フェルナンが感情なく聞いてくる。食べたいと言ったら、普通に渡してきそうだ。一応、遠慮しておく。
次にリトリトに会ったら、自分でも倒せるか、自分が戦う姿を思い浮かべた。
尻を向けて飛んできたら、叩き落とすのは難しいかもしれない。リトリトの肉厚なお腹を見るに、結構重そうだ。
網とか、後ろからかけて捕まえるとか?
自分で、止めがさせるだろうか。動物など仕留めたことがない。
「リトリトって、急所とかあるんですか? 倒す時って、なにかコツあります?」
「食事中は食べるのに夢中で、仲間の声しか聞いていないんだよ。だから、近くによるのは簡単だ。けれど、近くによると尻尾で攻撃してくるから、離れて矢で射るのが一番いいよ。魔法だと毛皮が悪くなるし」
魔法の場合、リトリト全体にかけてしまうと、毛が逆立ち固くなるそうだ。そうすると、皮が剥ぎにくくなり、下処理が面倒になるらしい。
「一番いいのは、頭を狙うことなんだよ。ほら、フェルナンが当てたのも、頭だろう? 頭は耳以外使わないから」
たしかに、フェルナンが狙ったのはリトリトの頭だ。目の端から一直線に射抜かれている。腕があるということだ。なにせ、リトリトは玲那を襲おうと、ジャンプしてきたのだから。
「気付かれないように、後ろから矢で狙うのがいいのかな」
「弓を扱えるの?」
「いえ、全然。作って、練習します」
弓も矢もないが、作ることは可能だろう。しなりのある木でも切って、弓を作り、木を削って矢を作る。弦は糸ができてからだ。狙い通り飛ぶかもわからないが、獣を狩るなら必要だと思っていた。
オレードはあぐらをかきながら、頬杖をついて玲那を見つめる。
「レナちゃんは、どっかの貴族の娘とかなんかなの?」
問われて、口を半開きにしてしまった。どこでそうなったのだろう。気品でも溢れているだろうか。
「全然、気品はないけど、世間知らずなところがさ」
まあ、そうですよね。
はっきり否定されて、少しばかり文句を言いたくなるが、貴族の気品などわからないので、口は閉じておく。しかし、なんと返答すべきだろうか。
「世間知らずなのは、昔は病弱で、外にほとんど出たことなかったからです。でも、元気になって、健康で、体力がもつようになったので、一人で暮らせるようになったんです」
嘘は言っていない。元気で健康で体力がある。なんて素晴らしいのだろう。これがなければ、森で糧を得て生活しようなどと、夢のまた夢。この元気な体を与えてくれたことは、使徒に感謝したい。
「そっかあ」
「焼けたぞ」
フェルナンが、足のついた肉をよこした。持ちやすい部分を渡してくれる。礼を言って手に取れば、ぷうんと良い匂いが鼻をくすぐった。持っているだけで油がたれてくる。
「いただきます、あちち」
焼きたてのリトリトは熱すぎて、一口噛み付くだけで火傷しそうだ。ふーふー吹いて、少し冷ます。
フェルナンとオレードは葉っぱで掴み、口に入れた。熱くないのだろうか。
やっと一口噛めば、口の中にじゅわりと油が広がった。まだ噛みきれないのに、油がすごい。熱い。
ひーひー言いながら、なんとか噛み切る。熱くて味がわかりにくいが、鳥のもも肉に味が似ている気がする。
塩をひとつまみ、かけて食べたい。おいしいが、少しだけ味気ない。調味料がなければそんなものか。だが、加工されていないので、家にある肉に比べてとても柔らかかった。焦げているところはパリパリで、最高だ。
「おいひーれす」
「良かったねえ」
オレードは完全に子供扱いをしてくるが、そこに嫌味はない。小さな妹でもいるのだろうか。接し方が、離れた兄目線である。
「そういえば、これから、お仕事ですか?」
「お仕事中だよ。昼になったから、こっちに来たんだ。魔物がいる森の中で食事をしていると、ゆっくりしにくいからね」
「いつも、森の中でお仕事ですか?」
「時折遠征もするよ。でも、ほとんどが森の中かな。森といっても、広いでしょう? 討伐隊騎士は人数がそんなにいないから、広範囲を確認しているからね」
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