12−2 リトリト
「レナちゃん、お昼は食べたの?」
「いえ、家帰って食べます」
「リトリトは、そこそこうまいよ。一緒に食べる?」
「いいんですか?」
「それだけ、凝視していればな」
フェルナンの突っ込みに、口角を上げておいた。さばき方を見ていただけで、食べたいなと思っていたわけではない。ちょっぴり、どんな味なのかな。と思っていただけである。しかし、ご相伴にあずかれるのならば、ご一緒させていただきたい。そろそろお腹が鳴るところだったのだ。
組んだ石の真ん中に枝を置いて、オレードは指を軽く振った。それだけで枝に火がつく。魔法だ。しかも、アンナの夫と違い、手のひらをかざしただけで、炎の大きさを調節した。枝が一気に燃え上がる。
「すごーい」
「そう? 褒めてもらえると、うれしいなあ」
オレードが子供を相手にするように玲那の言葉に乗ると、フェルナンが眇めた目で見てくる。アホらしいとでも言わんばかりだが、本当にすごいと思うのだから、いいではないか。
「レナちゃんは、魔法は苦手?」
「使えないです」
「そうなんだ。それで、森に来てるって、危ないねえ。さっきみたいになったら」
「弓矢でも作ろうかなって、思いました。棍棒の方がいいかな。次からは太い棒持って歩きます」
言えば、オレードはやはり笑った。
「勇ましい子って好きよ、僕」
「死活問題なんで、頑張らないと」
オレードはなぜか顔を真顔にさせた。一瞬の沈黙に、フェルナンはその沈黙を破るように、リトリトを炎の中に放り投げた。網などは使わず、直火らしい。そして、フェルナンも火を操る。弱火になった。うちにほしい。
オレードも無言で、玲那を見つめた。変なことを言っただろうか。
「仕事は見つかった?」
「いえ。でも、なんとかやっていけそうなんで。ある程度生活が落ち着いてから、探そうかなってくらいです」
「リトリトも知らないで、森で生きていくって? 無理があるだろう」
フェルナンが突っ込んでくるが、玲那もそう思っている。だが、使徒ができると言っていたので、そこは信じたい。生活が落ち着いたら職探しをするなどと言ったが、あまり探しに行きたくないのだ。町に行って、異世界人であることを知られたくないからだ。
そうであれば、できるだけ森の恵みで生きていきたい。魚や肉が取れるのならば、食事はなんとかできる気がする。麦や調味料などは購入する必要があるかもしれないが、使徒からもらったお金の袋には、それなりに入っていたので、我慢すれば一年くらいは問題ないだろう。正確な金額はわからないが、シーラの売ったダチョウもどきのお代より、ずっと入っていた。
もちろん、何種類かのお金が入っていたので、それの価値が低いかもしれないが、十ドレ硬貨は結構な数が入っていた。
「カゴに入ってるのは、なにに使うの?」
「糸を作ろうと思って」
「糸? この草でか?」
フェルナンは眉を顰める。糸が作れる草を刈ってきたつもりだが、間違っているだろうか。
結構な数を採ってきただけに、間違っていたらつらい。
「草で糸なんて作れるんだ。初めて知ったよ。詳しいんだね」
「本があるので」
「本?」
なにかまた変なことを言っただろうか。しかし、持っている本は見せるわけにはいかないので、笑って誤魔化しておく。使徒からもらった本が、この世界のものではなく使徒の手作りだったら、見せられない。使徒が手作りしている図など、思い浮かばないが。
「普通は、ギモバの巣だろう?」
フェルナンが口をだす。聞き慣れない名前が出てきた。巣となると、燕の巣とかだろうか。鳥の巣で糸を作る。あり得そうだ。
「ギモバって、どこにいるんですか?」
「川の向こうだ」
なんだと? フェルナンがリトリトの肉をひっくり返しながら、興味を失ったように肉に集中しはじめた。
お前には、魔物の巣は獲れない。言われないでも聞こえてくる。川の向こうというならば、魔物なのだろう。
魔物であれば、玲那では無理だ。魔物がどんなものだか知らないが。ゲードが言っていたように、食べるつもりで食べられてしまうかもしれない。
だが、魔物の巣ならば、シーラが糸の材料が森で取れるとは言わない。別の糸があるのではないだろうか。
「ギモバは口から糸を出して巣を作るんだ。その巣を使って、糸を取り出す。巣の大きさによっては、百人の服が作れるって言われているよ」
「へええ。すごいですね。勝手に巣を取っちゃって、怒って、戦いにならないんですか?」
「戦いになって殺したら、糸が取れなくなるからね。眠らせて取るんだよ。大きさによっては、戦いになる場合があるから、そういった糸は高級なことが多い。大きな魔物だと、質が良いんだよ」
それは面白い性質だ。蚕みたいなものだろうか。あれも巣みたいなものだろう。厳密には繭だが、食べた物によって色が変わる。蚕は成虫になったら食事もできず、死ぬだけだが。
それにしても、どれだけの大きさなのだろう。繭玉一つの糸で作れる物などたかがしれている。
タイツなどで聞くデニールは、一キロメートル弱の長さで、1グラムの重さの糸の太さを、1デニール呼ぶと聞いたことがある。太い糸なら重くなるので、もっと短くなる。
糸の種類によって重さも変わるので、想像もできない。
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