11−2 植物
「和紙も作りたいけど、あれはあれで、大変。簡単にはいかないよね」
小学生の時、和紙工房に遠足に行くことになり、制作工程を調べさせられた。人生最初で最後の遠足で、紙の作り方はうろ覚えだが、和紙を水の中で平らにならす、紙漉きをやらせてもらった。卒業証書を作るためだ。卒業式には出られなかったが、自分で作った卒業証書は、うまくできていたことを覚えている。
「紙は後だ。紙は」
そんなことより、糸である。パラパラページをめくり、糸作りに向いている草木を探した。
「繊維取れれば、なんでもいけそうな気がするけど」
こちらの世界には、玲那の世界と似たような植物がある。もちろんそっくり同じではないが、辞典は似たような物だと認識し、なんとかもどき、と翻訳してくる。その上にはカタカナでルビがふってあった。芸が細かい。翻訳されていない植物の名前はルビだけ。カタカナだけで表記されるのは、玲那が知らないか、玲那の世界にないものだ。ルビの名前を覚えた方がいいのだろう。
例えば、野菜カテゴリーにある、大根もどき。その上にルビで、カラック、と書かれた。イラストは、白い大根が少々ヒョロ長くなったものになっている。
しかし隣のページにも、大根もどき。ルビは、コーレ。イラストは蕪のような丸いもの。
わかりやすくカテゴライズされているようだが、大雑把な分け方だ。
「カタカナだけじゃなんだかわかりにくいから、これはこれでわかりやすい、のかな? もどき、のカテゴライズが、広すぎな気もするけど。大根もどきのページだけで結構あるよ」
芋もどきや、ニンジンもどき、玉ねぎもどきなど。そのページは数ページあり、その種類のイラストが描かれている。里芋、じゃがいも、さつまいも、長芋、こんにゃく芋。それらがすべて芋もどきと表現されているようなものだ。
もどきなので、芋でも芋に見えないものもあった。見た目で芋だとわからないものがあるのならば、芋もどきでまとめられていてわかりやすいのかもしれない。
「親切。親切なんだと思おう。大雑把じゃなくて。うん」
草のところはもっと難しい。菜の花もどき、だけでまとめられているページがある。黄色い花が咲いていれば菜の花もどきなのか。雑草は種類が多いようで、カテゴライズが適当のようだ。
やはり、すべてのページをしっかり読む必要がある。
そして、一番気になる物があった。それは、食人である。もどきではない。人を食べる植物のページがある。それも、結構ページを使っている。
「異世界、こわっ!」
雑草カテゴリーなのが笑ってしまう。動物の模様のある葉を動かし、人を誘う。や、甘い匂いを発し、人を誘う。などがある。気を付けよう。
そうして、やっと糸が作れる草を見つけた。イラストを見るに、麻系だ。茎から繊維を取るのだろう。
図鑑らしく、茎の繊維で糸を作れると書いてある。他にも、ツタ草であったり、低木であったりしたが、いくつか種類はあるようだ。
「しおりが欲しいな。その辺の葉っぱ挟みたくないよ」
色が付いたら嫌だ。できるだけ汁の出なそうな、乾燥した葉を選び、本に挟む。
そうして、ふと気付く、図鑑の説明に、気になることが書いてある植物がある。
「毒のある植物か。それくらい生えてるよね。薪用とかで、変なの拾わないようにしなきゃ」
食人の植物がいるのならば、毒を持つ植物もいるだろう。日本にだってたくさん生えている。燃やして、その煙で死んでしまったという話を聞いたことがあった。山菜を食べて中毒になった話もよくニュースで目にする。
口にする道具も、そういった植物を使わないように気を付ける必要がある。幸い、図鑑には、指が被れるだの、炎症を起こすだのと書かれていた。
「色々気を付けなきゃダメだわ。お医者さんなんて罹れないかもしれないんだし」
逆にそれを使った武器も作れるだろう。まだ会っていないが、危険な獣がいるのだし、魔物に対抗できるのかわからないが、持っていて損はないはずだ。
「植物勉強しなきゃ」
俄然やる気が出る。まだ一巻なので、二巻が届く前に読破しなければ。
本を片付けて歩きながら、通った道に印を付けた。本当は色付きの布などを巻き付けたいのだが、それはできないので、ツル草を枝に巻いてぶら下げた。ツルは大活躍だ。またあればたくさん拾ってきたい。
地図も作りたいが、紙がない。どこで何を採ったか、記憶しておく必要がある。
「昔の人って、えらいなあ。スマフォないと生きてけないよ。マップあるし、メモあるし、すぐ調べられるし」
便利になった分、考えず、覚えなくなっているのかもしれない。印の付け方を工夫して、採れたものがなんだったのかわかるようにしたい。
「今日は、糸~。煮たような草多いから、間違えないようにしないと」
探すのは、できれば綿に似た花。なければ麻のような繊維のある茎やツル草。
「繊維。繊維ですよ。和紙と一緒で、作るの大変なやつ」
そう。茎から繊維を取る系は、面倒なのだ。紙を作るほど大変ではないが、似たような工程が必要になるはずだ。取るところが一緒なのだから。
茎の表皮と木質部の間に、使いたい繊維がある。それ以外は必要ないため、いらない皮を取って、取り出した繊維を柔らかくしなければならない。
「コウゾのやり方と一緒だったら、蒸して、皮剥いて、乾燥させて、皮剥いて、洗って、煮て、叩いて、繊維柔らかくして、とか、とかだよ。でも、紙作る時ほど、ドロドロにはしないだろうから、まだ楽なのかな。どうだろ」
糸にするまでの工程は、詳しく知らない。繊維を柔らかくして糸のようにした後、煮たり巻いたりを繰り返したはずだ。白の糸にするには、漂白もする必要がある。日光に晒すだけでも白くなるが、真っ白にするには薬剤が必要だった気がした。麻だけではベージュ色になる。今、玲那が着ている色だ。
「灰とかで煮るんだっけ。苛性ソーダとか入れなかった? まあ、古い時代の物なんて、なんでも灰汁とか石灰とか、ぬかとかで煮込んでれば、できるでしょ!」
から笑いをして、玲那は本を閉じる。綿花であってほしいと祈りつつ。
「白にするわけじゃなければ、漂白する必要ないしね。漂白できたら、染料は泥染めとか、草木染めとかできると思うけど、それはおいおい。覚えてる限りでやるしかないから、採ってから考えよう。スローライフなんて、手間暇かけるための時間が必要ってことですから。ええ」
現代がどれだけ便利になっているか。今更ながら、身に染みる。
「よし、今度こそ、行くぞ。レッツゴー!」
気持ちを切り替えて、玲那は声を上げた。独り言がさらにひどくなる。思いつつも、森の奥へと足を進めた。
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