11 植物

「あれ、魔物討伐隊? それって、もしかして、この領土の話ですか?」

「そう聞こえました?」

「聞こえました」

 使徒はじっとこちらを見ていたが、ふい、と顔を逸らした。


「この領土の話!? めちゃめちゃやばいじゃないですか! なんで、そんな土地に、住むことに!」

 異世界人だと気付かれたら、それこそ処刑だ。

 なにもしていなくとも、イメージが悪すぎる。


「先人は、なんでそんなことしちゃったの!?」

「さてはて。あなたはいかがお過ごしですか?」

「私は元気ですが! 先人たちは、特別な力を持っていたってことですよね。癒しの力とか、物を作る力とか。あと、美貌?」

 それは関係ないか。いやだが、人を操る力でも持っていたのならば、特別な力だ。


「あなたも欲しいですか? 彼らはたまたまそういった力があっただけですが。そうですね。この土地は魔物もいますし。特別に、魔物を倒すための力でも、与えましょうか」

「いや! いらないです! 全然いらない! 私はこのままで結構です。十分です。元気にやっていけます。本で十分です。ありがとうございます!」

「よろしいんですか? 特別な力があれば、特別なことばかり起きるかもしれませんよ?」

「いりませんので、お気になさらず。まったくもって、ぜんっ、ぜん、必要ないです。はい」

「それは残念ですね」


 本当に残念だと思っているかわからないが、妙な力をくれそうで怖い。

 それにしても、異世界人たちは、皆優秀だったようだ。なにかと得意なことがあって羨ましい。そこまで得意なことはいらないが、何もない自分に比べて羨ましい。

 しかし、その力に慢心し、溺れてしまっていたのならば、ない方が良いのか。

 傲慢になってしまったのならば、その人の過ちだ。気を付けたい。そんな力ないけど。


「そんな力手に入れて、うっかり使っちゃって、怪しいやつだと思われたくないんで、いらないです」

「そうですか」


 きっぱり断ると、一瞬使徒が微笑みを浮かべたように見えた。すぐ見返すと、やはりいつも通りの無表情だった。

 気のせいだったようだ。






 なんだかごちゃごちゃしたけれど、要はバレなければ良い。バレれば終了だということがよくわかった。


「はあ。まあ、特別な力がなければ、大丈夫でしょ」

 自分は至って普通で、平凡である。平凡すぎるほどなので、問題ないはずだ。


 使徒の話を聞いていたら、少々時間が過ぎてしまったので、植物辞典を持っての散歩はまたにして、畑の手入れをすることにした。


 まず、実を植えるために、畑を耕し、畝を作る。土仕事なので草履は使わず、木の靴にした。木の靴でも土をかぶるだろうが、直接肌に土がつくのは避けたほうがいいだろう。足はボロボロだし、そこに変な菌など入ったら大変だ。

 鍬はあったので、鍬で耕したが、結構つらい。腰と腕が痛い。スコップがほしい。土を運ぶことができないからだ。欲しい物リストにスコップが追加された。


 それから、とうとうトイレの汚物入れを作ることにした。庭の端、家からも井戸からも離れた地面を深く掘り、板をはって、そこに捨てることにした。蓋が必要なので、ちょうどいい枝をツルでまとめて、すだれのような物を作った。


 正直なところ、トイレは外に自動的に出したい。そのうち、ウスように大きな木をくり抜くなどして、木のトイレを作りたい。座ってできて、外に流せればと思っている。これも長い計画だ。水を常に汲んで流すタイプである。水洗トイレ。夢である。


 その日はそれで終わってしまった。遠出もしたので、なかなか濃い一日だった。









 そして、今日。やるべきことは、植物辞典を持って、今日こそ、欲しい物を探すことである!

「糸の材料でしょー。お茶でしょー。薬草でしょー。いい枝とか、ツルとか、石とか。色々、探したい! よーし、草履二号を履いて、レッツゴー!」


 昨夜は、まだ月明かりがあったので、草履二号を作った。一号は洗って干してある。今回は底を太めのツルで作ったので、前より歩きやすい。


「綿花の収穫って確か秋、冬? 糸の元も同じっぽいから、きっとあるよね。綿花とれたら、さらっさらの布できるんじゃない?」

 今着ている服は、ざらついた感触だ。シーツもざらつきがあった。掛け布団はそこまでではなかったかもしれないが、柔らかな布には、まだ出会っていない。


「てことは、森にあるのって、綿系じゃないのかな。麻とか? でもそれって、茎使うんだよね。花じゃないよね」

 シーラは花とは言わなかったか。糸の材料が自生していると言っていただけだ。

 玲那は植物辞典に載っていた、綿に似た植物しか調べていない。別の植物の可能性がある。


「まいった。どっかで確認しなおそう。糸になる植物はいくつかあるもんね。綿だけじゃなかったよ」

 森の中で腰掛けられそうな、横倒しになっている木を見付け、玲那は腰掛ける。そこで本を取り出した。


 本は、家にあった少々汚れた布をお湯で煮て洗い、きれいに干したもので包み、ツルで絡めて持ち歩いている。本は綺麗に使いたい派だ。だから、大事に持ち歩いている。

 草木を採ったり、石を持ったりすれば手が汚れるので、おしぼりも持参だ。簡単に乾かないように、コップに入れてきた。おしぼり入れでも欲しいところだ。余裕ができたら、ブックカバーも作りたい。夢しかない。


「えーと。糸になる植物」


 辞典は用途向けにカテゴライズされてない。野菜、花、木、草。食べられる実、薬草。などで分けられているだけなので、糸が作りたいと言っても、糸ができる草木で分けられているわけではなかった。

 そのため、全部を読まなければならない。綿花は花なので、花で似たようなものがないか読み進め、似た花を見付けた。綿花以外の糸となれば、植物ではなにがあるだろうか。


「綿以外なら、麻とかかな。毛は動物、絹は昆虫でしょ」

 ならば、草木のページを読めばよいだろうか。あちらとこちらが同じ材料とは限らないが、今のところ、もどきの野菜ばかりだ。草木も同じ気がする。


「麻か。茎の繊維をとるんだよね」

 麻といえば、大麻や亜麻。大麻はあの大麻で、亜麻は亜麻仁油の亜麻だ。リネンは有名だろう。麻はちくちくするイメージもあるが、それは土手などに咲いている雑草、カラクサなどが原料だ。

 麻ではないが、同じく雑草イメージのある、クズやアカメガシワ。紙を作るコウゾも糸が作れた気がする。

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