10 異世界人

「ち、違いますよ。私が編んだんです」

 玲那は慌てて首を振る。どうして珍しい靴を見たら、異世界人が作ったとなるのか。


「そうなのかい? 面白い作りだね。異世界人がまた新しいものでも作ったのかと思ったよ。役立つ物を作ってくれるのはいいが、問題も起こすからね。他の国じゃ知らないが、この国は昔、異世界人のせいで困窮したんだ。俺が子供の頃は、そりゃ、大変だったんだよ」

「二十年くらい前に現れた聖女は、国を傾ける勢いでしたからね。聖女は処刑されて、まあ良かったですよ」

 シーラの笑いに、玲那は顔を引きつらせそうになった。嬉しそうに語らないでほしい。


「どこも自分たちの糧を守るのに精一杯で、多くの子どもが死んだんだ。領主は何もしてくれないし、貧乏で、食べるものもなくて、森に魔物を捕りに行って、逆に食べられたってこともあったくらいだ」

「ひえ……」


 森って、あの森のことだろうか。魔物がいると言っていたのは本当のようだ。

 でも、魔物って、食べられるのか。ふと思う辺り、貧乏さが心に染みる。


「聖女って、何をしたんですか?」

「聖女の話は三つあるな。一人は男に溺れて、一人は金に溺れて、一人は権力に溺れたのさ。その中で一番、最悪だったのが、権力に溺れた聖女だよ。何人もの男をはべらせて、王宮で散々遊び通したんだ。俺たちは飢饉に苦しんでたって言うのにな。聖女は人を惑わせて言うことを聞かせる、不思議な力を持ってたらしい」

「普通の人じゃないんですか?」

「人を魅了する魔法を持ってたって、言われているんだよ」


 ならば、玲那とはまた違った世界から来たのだろうか。まるで悪い魔女ではないか。

 使徒のミスがあまりにも多く、この国にやたら異世界人が迷い込み、なぜか悪行を行っていく。


「他の国じゃ、たまに良い異世界人も現れたらしいけどな。この国に現れた異世界人は、国を危機に陥れてばかりだったんだ。異世界人なんて、クソみたいなもんだ」

「異世界人なんて、ろくなもんじゃないんだよ」

 口々に言われて、口を閉じる。自分が異世界人だとは、決して気付かれてはならない。


「町で食事をする時は使ってくれよ。安くするから」

 話を終えて、玲那たちはゲードと別れた。


 ゲードはレストランを営んでいるらしい。小屋には他にも動物がいるようだった。ここで処理するわけではなさそうなので、別の場所に店があるのだろう。

 町には色々店があるようだが、来るのが怖くなってくる。こちらに慣れるまで、しばらくは寄らない方がいいだろうか。


 来た道を戻ると、先ほどまでほとんど人がいなかった広場に、馬に乗った人たちが移動していた。どこかへ行っていたようだ。真っ直ぐ城の方へ進んでいる。

 彼らの服には見覚えがあった。オレードやフェルナンが羽織っていたマントと同じ、厚めの茶色のマント。焦茶色の上着と黒のズボン。剣と弓矢を装備している。


 数人の中に、オレードとフェルナンがいた。馬に乗って遠くまで行っていたようだ。

 彼らは何をしていると言っただろうか。


「そうだ、討伐って」

「討伐隊騎士だよ。近寄らない方がいい。あいつらは獰猛だからね」

 シーラは嫌悪感を見せた。まるで獣のことでも言うようなセリフだ。嫌っているのだろうか。


「魔物を、討伐してたんですよね」

 フェルナンが、魔物討伐と言っていたのを思い出す。その魔物討伐ならば、人々を守る役目を持っているのだと思うのだが、シーラからするとそうではないようだ。もうそんな話をしたくないと、彼らに背を向けて足を進めた。


 なんだろうか。町行く人々も、彼らを避けて離れていく。町を守っている人たちへの視線ではない。

 白い目で見られる彼らは、決して恥じている風はない。むしろ町の人々の視線を無視し、蔑んでいるように見えた。


 なんだろうか。あの雰囲気は。

 異様な雰囲気を感じながら、玲那はただ、彼らの背を見送っていた。









「なんか、疲れたな」

 草履が途中でよれはじめて、踏みつけた茎から汁がつき、ほこりを吸っては泥になるという、悪循環もあり、足の裏は緑色に染まり、泥で汚れた。水では落ちないので、わざわざお湯を沸騰させて、足を洗う。


 ミントもどきの実を入れて、ゆっくり揉んでは温めた。それで、やっと人心地つく。

 手作りの草履について、シーラからも突っ込まれた。ずっと気になっていたらしいが、異国の履き物だと思って黙っていたようだ。お金がないから適当に作っただけだったのだが、なぜかまじまじと確認されてしまった。かなり珍しいつくりだそうだ。


「おかげで、森に糸の材料あるって教えてもらっちゃったし、ラッキーかな」

 糸は家畜の毛を刈ったり、糸が取れる植物から作ったりするそうだが、それを仕事にしている人がおり、そこから購入するのが普通だそうだ。しかし、森の中にも、糸になる材料は自生している。


 昔の村の人は、よく森に取りに行っていたそうだ。ただ、今は森に行くことはほとんどないらしい。ゲードとシーラは森について、曖昧に語った。あまりいい思い出がないと言って。

 聖女事件の頃を思い出したくないのだろう。


 ちらりと、テーブルの上を見る。

 テーブルの上には、三冊の本が置かれていた。新しい本だ。植物辞典と違い、絵本のように薄い。

 使徒がいつの間に来ていたらしい。今日は脅かすのはやめて、本だけ置いていったようだ。文句を言われるのを避けて、顔を見せなかっただけな気もする。


「まあいいや。けど、この本。絶対私たちの話、盗み聞きしてたよね」

 本は、この国にやってきた、異世界人について書かれていた。歴史の本ではなく、物語調だ。この国に伝えられている、忌まわしき、伝説や出来事だ。

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