8 景色
パン二本をゲットして、玲那はウキウキとそのパンをキッチンにしまい、いつも通り、玄関の鍵を閉めて、窓から外に出た。
そうして、外に干してあったツルで、今履いている靴を腰に結んだ。こちらの、少し歩く、をあまり信用していないからだ。なにせ、どこに行くのも歩くらしいので、少し歩く、のレベルが玲那の考えている距離とは違う。長く歩けば、木の靴では足が痛くなるかもしれない。すでに痛い。
なので、作ったばかりの草履を履くことにしたのだ。
裸足で足を乗せて、ツルを足首に巻きつける。踵のツルは三箇所通せるようになっており、結べば脱げることはない。歩いて鼻緒の部分が痛くなるかもしれないが、お試しだ。
履き心地が悪ければ、靴に替えるので、面倒だが一緒に持っていく。
「うん。いい感じ」
少々不恰好だが、履き心地は悪くない。
シーラの家まで歩いたり走ったりして、ツルの強度も確認した。問題ない。木の靴に比べて軽く、むしろ歩きやすかった。
気になるのは、まだ乾いていないため、若干音がすることだ。茎に水分が残っているからだろう。ツルの紐で脱げたりしないが、少しだけ草履の上で滑るような気がする。なので、わざと砂を付けた。足元が汚くなったが、滑って靴擦れができるよりはマシだ。
草履で足裏が汚くなるのは当然なので、ここは我慢である。
「シーラさーん。お待たせしましたー!」
シーラの家は玲那の家のように木の柵で囲まれているが、規模が違う。防風林のような木々が並び、垣根もあるため、古民家のような外周だ。家は二階建てだが、庭が広いので、家まで遠い。門扉の前にはシーラと、その旦那さんがおり、旦那さんが家畜をリヤカーのような荷車に乗せて、紐で固定していた。
家畜の名前はわからないが、白黒模様の、ダチョウに似た、大きな鳥だ。それが、二羽。それと、尾の長い鳥が一羽。計三羽乗っていて、ダチョウの方がぐあぐあ、鳴いている。ぐあぐあ、である。鴨みたいな鳴き方だ。尾の長い方は羽をばたつかせていたが、飛ぶことができない。足に紐がついていたが、おそらく風切羽を切っているのだろう。
「悪いね。レナ。すまないが、一緒にお願いするよ」
「私でよければ。パンもありがとうございました!」
大きくお辞儀すると、下がった頭をなでられる。なでられるために下げたわけではないのだが、こちらはお辞儀の習慣がないようで、頭が前にきたらついなでてしまうようだ。実は昨日もやられた。
つい頭を下げてしまうのは、もう習慣なので、直すのもむずかしい。
なでられるのは恥ずかしいが、嫌ではないので気にしないことにする。おそらく、子供のようだと思われているのだろう。なんでもかんでも尋ねるので、精神年齢の低い子供だと思われているのだ。
「さて、じゃあ、行こうか」
リヤカーが動き出す。シーラが前で、玲那が後ろだ。鳥たちが逃げ出さないように、リヤカーは板張りされている。檻のように隙間があるため、ダチョウもどきが嘴を隙間に突っ込んでは、コツコツと板をつついた。
それに突かれないように注意しながら、リヤカーを押す。二匹も大型の鳥が乗っているので運ぶのが大変なのかと思えば、道の整備がよろしくなく、運ぶのに苦労があるようだ。
がこん。と石に乗り上げ、ダチョウもどきが、ぐあぐあ鳴きながら暴れ出す。しっかり紐で固定されているが、それでもバサバサ羽をばたつかせて動くので、リヤカーががたがた揺れた。そして、さらに尾の長い鳥も暴れる。
「元気ですねえ」
「出荷される時は、察するんだよ。だから特に暴れてね」
なるほど。出荷。つまり、食事にされることを察している。
本日、その出荷先で、急遽取引をしたいと連絡があったそうだ。金額も多めに見積もられて、二つ返事をしたとか。
それにしても、道の作りが悪い。アスファルトと比べてはいけないか。それでも、水たまりになりそうな大きな穴があったり、石があちこちに落ちていたりして、タイヤが浮く。その度にリヤカーが倒れそうになって、ヒヤヒヤした。
石を除けばいいのに。そういったことはしないのだろうか。
なにせタイヤがゴム製ではない。木のタイヤだ。鳥たちの乗り心地もさぞかし悪いだろう。
町に続く一本道は坂道になっていて、ずっと上りになっている。木の靴を履いてこなくてよかった。お尻の後ろでぽくぽく当たって鳴っているが、出番はなさそうだ。
草履は思った以上に歩きやすく、木の靴に比べて足に力を入れやすい。気になるのは石で、間違って踏むと、案外痛みがある。鋭いものだと足裏を切るだろう。もう少し靴底に厚みをつけたほうが良さそうだ。砂埃は仕方がない。想定内である。
道は土の道で、時折石が落ち、雑草が茂った。整備されていない、川岸の土手の道のようだ。その周囲の景色は、ずっと似たり寄ったりで、草だらけの海原。時折小山の上に森があり、また海原といった景色がずっと続いている。
高い小山に登れば、玲那の家の裏手にある森の広がりが見て取れた。
裏手の森は、かなり広い。広大な土地が森で、遠くまでそれが続いている。まるで樹海だ。背後には山が見えるが、その山まで森が繋がっている。
玲那の家からは山は見えなかった。木々に高さがあるからだ。少し高台に登って、やっと見えるのだろう。
山は似たような高さで連なっており、頂上は鋭く、登るのは厳しそうだった。
玲那が普段見ていた山は、富士山だった。自宅の高層マンションから、ほんの少し、冬の空気の綺麗な時にだけ見える。建物の隙間に、ぽつんと異質なほど高い山が浮かび上がっていた。あれとはまったく違う光景だ。
頂上には雪が見える。永久凍土なのか、寒くて降っているのかはわからない。もし寒くて降っているのならば、地上もすぐに寒くなるだろう。
服や布団、薪や食料など、冬の用意は急務だ。
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