4−3 森
短髪の男は小さな袋を手渡してきた。中は種のような、色々な種類の実が入っている。
「このまま食べてもいいけど、植えれば実を取ることもできる。栄養価が高くて、長期保存もできるから、今後にはいいかもしれないよ。森の入り口にある家に住んでいるんだよね。森に植えても大丈夫だから。この村の人は植えてる人多いよ。非常食にもなるしね」
「わあ。ありがとうございます!! お礼、できるものがないんですが……」
「気にしないで。とりあえず、あの魚はやめた方がいいからね」
短髪の男は優しく教えてくれたが、使徒もどきは無表情で、もうどうでもよさそうな顔をしていた。
これから仕事らしい。無駄なことに時間を使ったと思っていそうだ。
短髪の男に礼を言うと、名前はオレードと言った。使徒もどきは、フェルナンと言うそうだ。玲那も名前を名乗り、男たちを見送った。川の向こうへ渡る橋はないため、浅い場所を選んで向こう岸に行くらしい。
川向こうの魔物が増えていないか、近寄ってこないか、退治したり調べたりする討伐の仕事は城の仕事で、彼らはその城の騎士だと教えてくれた。
「お城に騎士かあ。貴族とか身分あるのかなあ」
城と言うなら王か。牧歌的な国で、近い場所に城があるならば、小さな国なのだろうか。
それならば、城の側にでも町があるはずだ。そこで必要な物を調達できるだろう。
それにどれくらい金額がかかるのか。
お金は地下倉庫の奥に隠した。家の鍵があまりにもちんけで、信用がならないからである。そもそも、玄関扉は内鍵しかない。外からの鍵がないという、謎の作りだった。
外からかけられる鍵は、裏口だけ。鍵穴のあるシリンダー錠だが、穴が大きい。棒でも入れて回せば、開けられるレベルだ。
そして、窓や玄関の鍵は、金具に細い木の棒を引っ掛けるだけ。槌でも使えば簡単に壊れてしまう。
仕方なく、出てくる時は、裏庭に面した窓から出てきた。他の扉や窓は内側から鍵をかけ、一つの窓を閉じるだけにしたのだ。この方がまだ安全だと思ったからだ。
防犯が適当なのは、それだけ安全なのか、強盗など一切ないのか、ただ緻密な鍵を作る能力がこの世界にないのか。まだわからない。
鍵はもっと強固にした方がいいだろう。不安しかない。
「用心に越したことないもんね」
毒のある山椒魚もどきはツルごとリリースし、その後、何度か釣りをチャレンジしたところ、小魚一匹と、鮎のような魚二匹を得ることに成功した。
包丁がないので、大きな葉っぱで包んで持って帰る。
家は窓が閉まり、シンと静まりかえっていた。窓を開けているのは二階だけだ。
「網戸もほしいなあ」
こちらの窓は雨戸のみで、窓ガラスもなければ網戸もない。開ければ開きっぱなしで、虫が入り放題だ。
虫はまだ入ってきていないが、なんとなく気になる。網戸でなくとも、薄い布でも貼り付け、網戸代わりにすることはできるだろう。
「布は、買わなきゃダメかな。編むの、きついかな。毛糸あったら編めるけど。レース編みでもいいんだけど。糸と道具がなあ」
単純でいいのだから、草でもできるかもしれない。
「森で、草木集めしようかな」
魚は取れることがわかった。山椒魚もどきのように、歪な魚でなければ、食べられる気がする。
山椒魚もどき以外はほとんど食べられるという言葉を信じよう。
「まずはお昼だー。 ひえっ!!」
リビングの窓を開けた瞬間、ヌッと白い影が見えて、玲那は尻餅をついた。
「なにをやっているんですか?」
「それはこっちのセリフですよ!!」
白い影は、使徒である。なぜ開けた窓の目の前にいるのか、問いたい。
ずっと真っ暗な部屋で待っていたのか。驚かすために。
「不法侵入ですよ! 鍵かけて出掛けたのに!」
「それで窓から入るんですか? あなたの方が不法侵入みたいですけれど」
ああ言えばこう言う。使徒はしれっと言いながら、玄関を開けてくれた。身動き一つしていないが、勝手に開いたので、使徒が開けたのだろう。
「もう、言いたいことが、もう、たくさん」
「魚釣りは上々でしたか?」
言いたいことのなにを言う前に、今日のお昼を見つめてくる。これは自分だけの魚だと言いたい。そして、相変わらず人の話を遮る男である。
「毒のあるお魚が釣れましたよ。これは食べられますよね?」
「小魚は味が濃いので、あまり好まれませんね。こちらの魚は美味なようです」
毒のある魚についてはスルーして、魚の良し悪しを教えてくれる。あくまで、都合の悪いことは口にしない。徹底している。
「今日は、何用ですか?」
「約束の本を持ってきました」
「マジですか!?」
「まじでございますよ。では、これで」
「え。帰るの、はや」
使徒はさっさと消えて去った。机の上には厚めの本が一冊。ドキドキしながら手にすると、植物辞典だった。
「最高! 使徒さん、これはありがとう!!」
もうすでに姿を消している使徒に礼を言い、パラパラと軽く中身を確認する。
文字は記号のような、不思議な文字だ。ただ、なぜか日本語として読める。文字の上に、日本語が訳されて浮き出てくるのだ。不思議な仕様である。ただ、所々カタカナが混ざり、それがなんだか分からなかった。こちらの名称なのだろう。
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