4−2 森
周囲を確認しつつ、ツルを繋げて伸ばしてから、餌を川に放り投げた。今度は岩場の深い場所へ届いて、沈みかけた。瞬間、
「あ、お魚!」
入れ食いでツルが引っ張られた。急いで枝を引いたが、長さがあったため引いても魚が川から出てこない。
「おバカすぎる! くるくる回すやつないんだから、長すぎたら出てこないに決まってるじゃん!」
竿と糸しかない釣具だ。リールがないため、ツルを巻けない。だったら走るしかないと、玲那は川から遠のいてツルを引っ張った。
「うう、おも、重いいっ」
力一杯引っ張ると。バシャン、と水面から飛び出してくる。針がないのにバレずに引っ張れたと思ったのも束の間、ツルにくっついていきたのは、濃い緑色の、ナマズのような髭を持つ、しかし、デメキンのように目玉が飛び出し、オタマジャクシから蛙になる途中のような、手のある魚だった。
「さ、魚? いや、ぐろ……」
歪すぎる姿に、少々たじろぐ。サイズが大きく、鱗がないため、表面が滑っている。色からしておいしそうに見えない。
「食べれる、のかな。ちょっとなんだろ、山椒魚系?」
これをさばいて、食べられるかどうか。毒などはないと思いたい。
「食べれるって言ってたし!」
「おい!」
「わあっ!!」
突然男の声が届いて、玲那はその山椒魚もどきを地面に落とした。びたびたと暴れて、滑った液体が飛び散る。
「ひえ、気持ち悪!」
「その液体に触れると、肌がかぶれるぞ」
「え!?」
現れたのは、赤茶色のマントを羽織った男。まず目に入ったのが靡いたマントで、その次に目に入ったのが、その目だった。
まるで虹色の宝石のような色。紺や青の中に、複雑な色が見える。髪の色は黒で、その目を隠すように前髪が長めのショートヘアだが、髪が真っ黒なので、なおさら目の色に違和感があった。見慣れた黒髪で、目の色が黒ではないからだろう。
すべてを疑うような、鋭い視線が届く。顔が整っていて、使徒のような雰囲気だ。そのせいなのか、冷たく感じた。ただし、あちらは口を開けば適当だが。
二十代前半くらいだろうか。アンナ夫妻から続き、三人目の住民だ。男は玲那をじっと見つめてきた。
「これって、食べれないんですか?」
「食べてもいいが、腹を下すぞ」
なんだと?
辛うじてそれは口にせず、心の中で使徒を締め上げておく。
「毒があるんだよ。食べたら、三日くらい苦しむねえ」
間延びした話し方をしたのは、後ろにいた、もう一人の男だ。薄い金髪を短くカットしており、奥二重の四角い目で、瞳は薄い緑。目の色素が薄い。
二人とも肌は白いが、いつも森の中を歩き回っているのか、紐で縛ってある明るめの茶色のブーツは上の方が日焼けして色褪せており、下の方はひどく汚れている。着ている服は同じだ。厚めの赤茶色のマント、焦茶色の上着、皮のベルトをして、腰を絞り、その下は黒のズボン。それから、銀色の剣と、背中に弓矢を背負っていた。
何かに所属している人たちなのだろうか。
それにしても、二人とも身長が高い。随分と体格が良いので、玲那は立っていても首を上に上げなければならなかった。
「女一人で、魚取りか?」
「食べれるお魚、あるって聞いたんで」
「その魚以外なら、大抵は食えるよ」
短髪の男はにこにこ笑顔で教えてくれるが、使徒もどきの男は声も冷たく問うてくる。
使徒と違うのは、警戒しているような、怪しい者でも見るような眼差しを隠しもしないところだ。
自分は怪しく見えるのか。そうでないと思いたい。
「どこに住んでいる? この辺の者ではないな」
「森出たところの家に、引っ越してきた者です」
「最近か?」
「昨日です」
使徒もどきはじっと玲那を見つめてくる。いや、睨んでくるの間違いか。
どうやら怪しいやつ認定をされたようだ。
「この辺りで、一人で魚釣り、しかも女の子一人では、珍しいんだよ。近くには魔物がいるからね」
「ま、もの?」
「川向こうには行かない方がいいよ。危ないから。川からこちらには寄ることはそうないけれど、一応、気を付けた方がいいよ」
使徒! 聞いてないよ!!
玲那は心の中で罵った。説明が足らなすぎる!!
魔物ってなんだ。魔の物ってことですよね。問いたい。魔物ってどんな物ですか!?
「とりあえず、その魚はやめた方がいいかなあ」
「あ、ありがとうございます。あ、あのあの、失礼ですが、ついでに、ちょっとお聞きしたいんですけれど! これ、食べれるか、わかりますか!?」
玲那は拾った木の実を広げた。聞ける時になんでも聞いておきたい。あの使徒は信用がならない。
男二人は顔を見合わせる。何を聞いてきているのかという顔だ。使徒もどきは目を眇めた。うさんくさい女だな。という視線である。短髪の男は、食べられるかを教えてくれる。
「これは薬だよ。食べられるけど苦い。吐き気がある時に飲むといいよ。さっぱりする。こっちは食べられる。甘いけど種は食べちゃダメだよ。腹痛になるから」
何が食べられて、何が良くないのか。詳しく教えてくれてくれた後、二人は魔物討伐の騎士だと教えてくれた。森の中の異変を確認し、村に魔物が入ってこないように巡回しているそうだ。
「食べ物がないの?」
「お金がないので、食べられる物、確保しておこうかなって」
言って、しまったと思った。短髪の男が、哀れんだ目で見てくる。
「あ、いえっ、食材はあるんですけど、今後、無くなった時のために、知っときたいなって」
「そう。じゃあ、これをあげるよ」
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