4 森

「おお、綺麗な川~」

 森の中。木漏れ日がきらきらと反射する、透明な水の美しい川が流れていた。


 思ったより水量のある小川で、岩場の下は色がエメラルドグリーンだ。浅いところには魚が何匹も泳いでいるのが見える。

 使徒の言う通り、森を歩くと川に突き当たった。少し歩く程度ではなかったため、探すのに結構時間がかかった。間違いなくあったので、使徒への文句は言わなかったことにする。


 帰り道で迷子になっては困る。途中途中に木の枝を丸めたり、草と枝を結んだりと、戻るための印は付けてきた。時計がないのでどれくらい歩いたかわからないが、体が温かくなるくらいは歩いた。

 森の途切れたところに流れている川だが、川を跨いですぐに木々が茂り、森が広がっている。岩場にもたれるように垂れ下がった木の枝を隠れ蓑にして、魚たちが固まって身を隠していた。


「丸見えなんだよなあ。丸見えってことは、あっちからも丸見えだよねえ」

 玲那は少し離れたところに荷物を置き、木の枝で作った釣具に餌を付ける。枝は森に入る前に、丁度良い長さの枝を、家にあったなたで切ったものだ。釣り糸はツル草の草を取って、ツルだけにしたもの。そして、餌は、木の根元を掘って見付けた、何かの幼虫である。何匹か見付けて持ってきた。


 幼虫くらいは手にできるので、気にせず掘ってきた。おかげで手が土で汚れてしまった。軍手が欲しい。

 魚が釣れたら入れるためのカゴを持ち、ついでに薪を拾っていたので、既に荷物がある。


「よいしょっと。さてさて、こんな餌で釣れるかなあ」

 釣り。そんなアクティブなスポーツ? やったことなどありません。

 外に出れば風邪を引き、授業のプールを見学していただけで肺炎になったことのある危険な水辺に、子供の頃以降、近付いたことがない。

 だが、人にはやらなければならないことがある。


「ふ。今日のお魚釣れるまで、お食事できません」

 とういうわけで、釣りの開始である。


 ちなみに、網などはない。釣れたらバレないように確保する必要がある。背負ってきたカゴですくう気だ。

 浮きがないため、よく見ていなければならず、玲那はじっとその水面を見つめる。なんと言っても、針がついていない。しっかり飲み込んでもらいたい。


 川の流れは思ったより早く、ツルに結んだ虫が流れて、すぐにツルがピンと張った。

 使徒は魚が取れると言っていたのだから、取れるはずだ。

 そう思ったが、ツルが短すぎて、良いポイントまで届かないのか、魚が近付いてこない。


「ツルかあ。さっきのツル草、この辺にあるかな」

 紐代わりにも使えるので、見付けたら集めておいた方がいいだろう。なんなら、根から取って植えて増やしてもいい。

 森が誰の土地なのか知らないが、森で狩猟を行っていいと言うのだし、家の側の森に草を植えても平気だろうか。そう思いたい。


 それと、気になるのが、薪だった。

 昼の気候は暖かく、夜になると少しだけ涼しくなり、朝はひんやりしていた。

 最初、暖かな空気が春を思わせたが、もしかしたら、今は秋の可能性があるのだ。夜や朝の気温の下がり方がやけに冷えていたのと、森の木々の葉っぱの色が、若干色褪せているのがあるのに気付いた。


 もし、冬に向かっているのならば、しかも、豪雪地帯であれば、薪が大量にいるかもしれない。

 家をぐるりと一周したところ、倉庫の裏手に薪置き場があったのだが、薪の残りが少なかったことと、薪置き場の棚が結構な場所を取っていたため、かなり不安が高まったのである。


「細い枝とかでも、拾って持って帰った方がいいよね。倉庫に斧はあったけど、刃がぼろぼろだったから、木を切り落とすのは、ちょっと大変そう」

 おばあさんが住んでいたのならば、斧を使わなくなって放置されていたのだろう。蜘蛛の巣も張って、長く使っていないようだった。石を研ぐ道具が必要だ。


「それとも、どっかで整えてもらうのかなあ」

 独り言をと呟きながら、ツル草を探しながら歩き回って、ついでに棒などもカゴに入れる。途中赤い実や木の実を見付けて、それも拾って歩いた。なにかに使えるかもしれないし、食べられるかもしれないので、草木や実があれば、採って歩いた。大きなうちわのような葉っぱやら、手のひらサイズの葉っぱも集める。何に使うかは言うまい。


「こんなものかな。これくらい長ければ、大丈夫でしょ」

 川の流れは耳に届いているので、川からそこまで離れていない。先ほどの場所に戻ろうと踵を返すと、森の奥で何かが動いたように見えた。


「人?」

 草木の影になっていたが、気のせいだろうか。茂っている草や木の葉の隙間を、何かが移動したように見えた。

 森の奥は危険だと聞いたが、川までは大丈夫だと言っていた。人か。それとも、鹿のような大型の草食動物か。わからないが、玲那はそちらを見つめながら、後退りする。


 何がいるかわからない。警戒はした方がいいだろう。

 耳を澄まして、目を凝らし、こちらに来ていないことを確認しながら、先ほどいた場所まで戻る。

「武器とか、持ってた方がいいのかな。熊みたいなのいたら、対応できないだろうけど」


 さすがに熊などの凶暴な獣は、いない方向でお願いしたい。いやしかし、あの使徒だ。川の向こうは危険と言っていたのだから、もしかしたら川の近くもそこそこ危険かもしれない。

 木の枝などを拾っている間、妙な足跡や爪の跡、糞などは見ていないが、大型動物が絶対いないとは言えない。

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