8.抜け出そう

「はい、というワケでいよいよ明日から夏休みだ。各々、羽目を外し過ぎないようにな」


 担任が最後まで喋り切るなり、教室中でざわざわと話し声が上がり始める。

 今日はいよいよ一学期終わり。終業式を終えて教室に戻り、ホームルームが終わった後、いよいよ夏休みが始まる。


 とは言っても、例年私は程々にしか夏休みを楽しめたことはない。もちろん友達と遊ぶのは楽しいけど、大抵そういう場でも恋バナが繰り広げられてしまって、毎回気まずい思いをするから。


「よっしゃああ!!夏休みきた~!!」


 前の席から涼の声が甲高く響く。


「ねぇねぇ瑠花!さっきクラスの女子達みんなで打ち上げ行こうってなったんだけど、瑠花にも来てほしいって!」


 振り返った涼はこっちに顔を寄せ、ハイテンションのままこちらへと話しかけて来る。

 

 打ち上げか……。恋バナは遠慮したいけど誘ってくれるのはありがたいし、お呼ばれしたということなら私も顔を出したい。いつもならすぐにOKを出していた。

 

 しかし今回に限っては、少し事情が違った。


「ありがたいね。何時から?てかどこ行くの?」


「十七時から焼肉、んでいける人は今からカラオケだってさ」


「そっか。えっと……あのさ、涼。ひとり誘いたい人がいるんだけどいいかな」


 私は、蔭森を誘いたかった。純粋に一緒に楽しんでみたかった。

 

 教室の右後方の席の彼女は、こちらの思いは露知らず忙しなく帰り支度を進めている。


「ふ~ん、蔭森さんね」


「……え、なんでわかったの」


「だってあんた、バリバリ見ちゃってるじゃん」


 言われてすぐに顔を正面に戻した。完全に無意識だ。間抜けにもほどがある。

 鏡で見るまでもなく、顔は真っ赤だ。

 

「じゃあ誘ってくるわ。お~い、蔭森さ――」


「あっ……!?ストップ、ちょっと待って涼!!」


 涼の声に我に返り、両手で口を塞いで言葉を抑え込んだ。


「むぐっ!!ちょっと、何すんの!!」


「ごめん、咄嗟のことでつい……!とにかく、蔭森さんには私から話すから、涼は待ってて大丈夫だから!」


 涼は理解できないかもしれない。でも、ここは私が直接行かないといけない。

 私が蔭森に居て欲しいと思ったから。

 

 言いながら改めて蔭森の方に向き、身支度を終えた彼女に近づく。

 こちらの接近に気付いた蔭森はビクッと身体を震わせ、猫背気味に口を開いた。


「お、大神さん……?なにか御用ですか?」


「蔭森さん。実は、このあとクラスの子たちで打ち上げをするって話になったんだけど、蔭森さんにも来てほしいなって」


 手短に本題に切り込む。

 その言葉を受けて少し硬直した彼女は、やがて申し訳なさそうにぎこちない笑顔を浮かべ、手を横に振る。


「お誘い、あ、ありがとうございます……でも、私なんかが居ても空気悪くしちゃいますから……!その、ごめんなさいっ!!」


「あ、待って――」


 そう言って蔭森は一目散に教室を出て行ってしまった。


「……そっか、そうだよね。ちょっと、強引すぎたかな」


 小さい声が私の口から漏れる。

 少し、自分の感情を優先させ過ぎてしまったかもしれない。

 

「ごめん涼。やっぱ私だけ参加で」

 

「ありゃ、了解。あたしちょっと伝えて来るわ」


 席に戻って涼に伝えた後、思わずため息が出てしまった。

 どうしよう、嫌われたかな。なんて蔭森に詫びればいいのかわからない。


 蔭森がそういう場が苦手そうだって分かっていたことなのに。

 


 段々と人が少なくなっていく教室で、私は蔭森の席を見つめていた。



 *



「ふぅ……どーよ、私の十八番は」


「やっぱ瑠花うめー!!」


「ほんと。このあと歌うのハズくなるわー」

 

 マイクを渡して、一息吐きながら椅子に座る。

 結局、蔭森に対して何もできないままカラオケへとやってきた。


 歌うことは好きだし、友人達と騒ぐのも楽しかった。それでも押し殺すことのできない蔭森への感情が、重りのようにズシリと心にある。

 蔭森はそんなこと気にしていないかもしれない。けど、万が一があったら嫌だし、蔭森との仲がこれで拗れてしまう可能性を考えると不安になる。それくらい、蔭森は私の中で大きな存在になっていたのは事実だった。


「てかやっば!もうこんな時間じゃん、そろそろ焼肉行かねー?」


「あーじゃあそろそろ出っか~」


 焼肉……胃が重い。気も重い。こんな心境で楽しく食べられる保証がない。

 時間が経つにつれ重さを増していく悩みは、私から食欲まで奪ってしまった。


「ん?どしたの瑠花、もう行くよ?」


「あ、何でもない……すぐ行く」


 急いで荷物をまとめて、集団へとついていく。

 

 そのまま会計を済ませて、私たちは焼肉店を目指して街へと繰り出した。

 

 夕方にも関わらず、まだまだ明るい駅前通り。

 夏の熱気が立ち込めてむせかえってしまいそうだった。


 蔭森、今どうしてるかな。


 霧のように立ち込めたモヤモヤとした思いが、私の足取りを重くする。

 少しづつ友人たちの歩調に追いつけなくなっていく。


 ――『抜け出せ』。


 不意に脳裏にチラついていた考えがよぎって、形を帯びていく。

 ……気づいた時には、足を止めていた。


「あれ、瑠花どうした〜?」


 いち早く異変に気付いた涼が私に声を掛ける。


「ごめん!ちょっとマズっちゃったわ……私今日、家族に用事頼まれててさ」


 実に白々しい嘘が私の口から飛び出していた。

 でももう止まれない。私は……蔭森に会いたい。


「……なるほどね。あちゃ~、そいつは仕方ないなぁ、行っといでよ!」


 何かを察してかのような顔をした後、すぐさま周りの女子たちにも伝達を済ませていく。


「マジ!?瑠花かわいそ……また遊ぼうぜ」


「お疲れ瑠花~!!」


 思いのほか、彼女たちはあっさりと事情を飲み込んでくれたようだった。


「じゃあね〜瑠花!!」


 クルリと振り返って私にウインクをした涼は、そのまま集団と共に歩いて行った。


 気を利かせてくれたんだ、涼。

 私が変に疑われないように理由をつけて、上手いこと抜け出させてくれたんだ。


「……よし」


 手早くLIMEを立ち上げ、蔭森のルームを開く。

 深呼吸をして、意を決して文字列を打ち込み……送信した。


『蔭森さん、このあと時間ある?二人で打ち上げしようよ』


 既読は付いた。後は、蔭森の返答次第。


『もし、迷惑じゃなければ、ぜひ』


 少し間が空いて、そんな答えが返ってきた。


 

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