9.素敵な晩餐会
蔭森との打ち上げの約束を取り付けることができた。
全身から力が抜け、緊張がほぐれて行くのを感じる。
そうと決まれば、早速諸々の連絡をしよう。
*
「あっつ〜、蔭森さん着いてるかな……」
駅前を離れた私は、家の近くにあるチェーン店通りに歩いてきた。そこまで離れていないとはいえ、やはり歩くと汗が止まらない。
待ち合わせ場所は通りにある本屋。以前蔭森が百合漫画を買っていた場所だ。
時刻は十七時二十七分。三十分に集まる約束なので、先に彼女が着いていてもおかしくはない。
――と、思った矢先。
「あれ、ひょっとして……」
遠くの電柱の影に、小柄なシルエットが一つ。
こちらに向かってやや急ぎ足に歩いてくるその姿は……間違いない。
「蔭森さん!おーい、こっちこっち!!」
大きく手を振ってアピールすると、それに気付いた蔭森はダッシュで私の前までやってきた。
「ぜぇ……ぜぇ……お、お待たせ……しまし……た」
「わっ、ちょっとしっかり……!」
息も絶え絶えでフラフラの蔭森を咄嗟に支える。ひとまず近くのベンチに座らせて、彼女が落ち着くのを待った。
「ふぅ……すみません、ご迷惑お掛けしました」
呼吸を整えた蔭森は申し訳なさげに手を合わせると、おずおずと頭を下げる。
私としては蔭森に会えただけでも嬉しいのに、迷惑だなんて思うはずがない。
「いいって、急かしちゃったの私だし。それよりどこ行こっか」
「わ、私は大神さんが選んだ場所なら、どこでも大丈夫ですので……!」
そう蔭森が答えるのは想定済み。すぐに謙遜してしまう優しい彼女だからこそ、相手に合わせてつい自分の意見を言えなくなってしまう。ここで無理に選ばせようとしても、それは彼女への負担にしかならない。
「じゃあ無難にファミレスとかにしよ。通りに三軒あるけど、希望がなければ最寄りのとことかで」
「はい、そうしましょう……!」
すこし表情が緩んだ彼女を見て、内心悪くない選択を出来たとガッツポーズを掲げた。
最大限自分にできるエスコートを心がけよう。
そう決意し、私たちはファミレスへと向かった。
*
どうやら今日はツイているみたい。
そこまで待つことなく、スムーズに席へと座ることができた。
「よ、良かったですね、思ったより空いてて!」
ぎこちなくメニュー表を取り出そうとする蔭森。一息つけたところで、さっきまで気づかなかったことが目に付いた。
……蔭森が私服だ。ここに来るまで他のことに気を取られ過ぎて、肝心の蔭森の姿をまじまじと見れていなかった。我ながらあまりにも余裕が無さすぎる。
飾り気のない白いTシャツの上から薄いグレーのパーカーを羽織り、くるぶし丈のジーンズ姿という、自己主張のない極めてシンプルなコーディネート。
でも、蔭森の容姿ならもっと色々似合うはず。例えば足周りとかだって――
「お……大神さん。あの、見すぎ……」
言われて顔を上げると、メニュー表で口元を隠して真っ赤な顔で目を泳がせる蔭森が居た。
「あっ、ごめんっ!蔭森さんの私服が新鮮で」
「私の服装なんて、見たって何の得にもなりませんよ……っ」
ぷいっとそっぽを向く彼女。
ダメだ。直接目の当たりにしてはっきりと分かった。この子は可愛い。
口角がジワジワと上がっていくのを必死に押さえ付けて、なんとか喋ろうとする。
「そ、ソンナコトナイヨ。それより、そろそろ料理頼まない?」
「あっ、そうですよね!すみませんっ!」
ちょっと強引だったかもしれないが……とにかく、注文へと話題を切り替えることには成功した。
――数分後、二人分の料理が運ばれる。
私はカルボナーラ、蔭森は意外なことにハンバーグステーキを注文した。
「へぇ、蔭森さんお肉好きなんだね」
「えへへ……そうなんです。こういうところに来るとついいっぱい食べちゃって、そのせいでお腹にも肉が付いちゃって〜、なんて……」
なんだかテンションが変だな。けど、蔭森が楽しそうで私も嬉しい。
「ふふっ、じゃあ食べよっか」
二人で手を合わせ、早速目の前の料理を口に運ぶ。
蔭森は綺麗な所作でステーキを切り分け、ハイペースで食べ進めていく。その様子が妙に無邪気で、改めて連れて来られて良かったなと思える。
「あの……大神さん」
半分ほど食べ進めたところで、不意に蔭森が口を開いた。
「ん?どうしたの」
「今更なんですが……どうして私を誘ってくれたんですか?それに大神さん、たしかお友達と打ち上げがあったんじゃ……」
どうして、か。
そういえば、しっかりとした理由は自分でも分かっていなかった。
私は蔭森に「居て欲しい」と思って、友達を差し置いてまで彼女と会っている。
「――私ね、打ち上げ抜け出して来たんだ。蔭森さんに会いたかったから」
気付けば私は包み隠さずストレートに、彼女に本心を伝えていた。
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