7.変わり始めて

「瑠花。お〜い瑠花ってば!!起きろ!!」


「ふわぁぁ……なぁにさっきから……」


「起きろってんだよ!次!移動教室!」


 その声に跳ね起きてガタっと机を揺らす。すっかり忘れてた。

 教室には、既にほとんど人影は見えない。


「教科書私持ってっとくから、身支度して早く来なね!」


 そう言って私を残して、すずは行ってしまった。手鏡で確認すると、机に突っ伏していたせいで前髪が崩れている上に、みっともない寝ぼけ眼。


 結局、昨日はロクに寝れずにほとんど徹夜の状態になってしまった。

 気合いで一限から三限は乗り切ったが、そこで力尽きてしまったらしい。


 涼に申し訳なさを覚えつつ、急いで最低限見栄えを整えていると、鏡に反射して私の後ろから誰かか近づいて来ているのが見える。


 誰だろう、涼はもう行ったハズだし、別の友達でも――。


「お、大神さん……!」


 予想外の声がして思わず振り向く。

 

 蔭森雛実が、そこに居た。


「あ、えと……昨日は、長々とすみませんでした……!!」


 あまりにも不意打ちだったもので、勢いよく頭を下げた蔭森に呆気にとられる。

 が、すぐに言葉の意味を理解した。


「蔭森さんが謝ることじゃないって!顔上げて」


 おずおずと顔を上げた蔭森。

 少し目元が潤んでいるところを見るに、昨日私に長文を送ってしまったことがかなり恥ずかしかったらしい。別に私以外誰も見てないし、気にしなくていいのにな。そんな蔭森も私は――。私は、何?


「だって、昨日のはこっちから話しかけたじゃん?私嬉しかったんだよ、蔭森さんのお話が聞けて」


 沸き上がってきた言葉と疑問を押し殺して、彼女をなだめる。


「大神さん……。ありがとうございます。ほんとに」


 少し柔らかくなった蔭森の顔にほっと胸を撫でおろしたところで、彼女は続けざまに口を開く。


「あの……内緒ですからね、このことは」


 頬をかきながら伏し目がちに、か細い声でそう告げる。

 息が止まるような思いだった。その仕草と声色、表情が……ありえないくらい、可愛くて。


「っ……ぁ、もちろんだよ。あ、てかもうチャイム鳴っちゃう!!早くいこ!!」


 無理やり口を動かして、場を切り替えることしか私にはできなかった。

 このまま蔭森と二人きりでいたら、どうにかなってしまいそうだから。


「わ!は、はい!急ぎましょう!」


 慌てる蔭森を連れて、私は教室を後にした。



*



「瑠花さぁ、さっき随分来んの遅かったね」


「ごほっ!!ま、まぁ、髪直すの時間掛かっちゃったし」


 無事に四限までが終わり、昼休み。

 涼が藪から棒にそんな事を言い出したので、思わず弁当をむせてしまった。


「それにさ、蔭森さんと一緒に来てなかった?仲良いの?」


「……うん、最近ちょっとね」


 何とか平静を装いいつもの声色へと戻す。

 そういえば涼には、蔭森との関係について話してなかったな。


「タイプ違うから珍しいね〜。蔭森さんってどういう子なの?」


 真ん丸な目で興味ありげに聞いてくる涼に、何と答えようか迷う。

 蔭森の趣味にはさすがに触れないでおこう。


「そうだね。大人しくて、穏やかで、本が好きで。あと、引っ込み思案なところもあるけどそこも可愛くて、笑顔も素敵で」


 ――とまで言ったところで、私は自分が何を口走ったか理解した。

 ちょっとした紹介のつもりが、流れるように次々と蔭森の特徴の羅列してしまっている。


 これじゃまるで……私が蔭森のこと、好きみたいじゃん。


「うおう……」


 涼は反応に困ったように目を泳がせ、そして一言。


「随分お熱だね」


「そんなんじゃないしっ!」


 何故か悟ったような顔をした涼は、空の弁当箱を片付けながら軽く私を受け流した。自分で聞いたくせに無責任な。


「まぁまぁ落ち着いてって。蔭森さんに見られていいの?」


 不意に涼が教室の後ろのドアを指さした。


「え、なに言って……」


 ガラッとドアがスライドした。

 その向こうから、見覚えのある小柄なシルエットが猫背で教室へと入ってくる。


 蔭森、だった。


「あ」


「……?」


 私と蔭森の目が合う。

 ポカンとした顔。その後慌てたようにキョロキョロと視線を動かして、少し恥ずかしげにこちらに手を振って自分の席へと戻って行った。


「瑠花」


「な、なに」


「顔真っ赤だよ」


 そう言って悪戯いたずらっぽく笑い、涼は前を向いてしまう。ズルいなほんとに。


 厄介なことになったなと思いつつ、心のどこかで退屈だった日常が少しずつ変わっていくのを感じていた。

 

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うるふがーる×らぶぱにっく カラスウリ @Karasu_

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