第28話 パンクエルフ


「……内に篭ってばっかりじゃ、色々と味気ないよな」

 丁度また、俺の言葉を掻き消すように突風が吹いた。

「聴こえませんでした」

「独り言だよ。気にしなくいい」

 俺はそう返して物思いに耽る。例の記憶について一つ答えに近しいであろう考えが浮かんだ。

 冒険者の遺品に触れて記憶を覗けたのが鍵になった。恐らくだけどこの現象は、相手の何かに触れるのが発動条件。今回の場合だと白女の友達? とか何とか言っていた者の痕跡に触れたという解釈で起きたのではないか。


 今までの同じ様な経験だってそれで説明が付く。俺とベルギリオンが繋がっているとしたエリオルベルの談を信じれば、そこで眠りの呪いを受けている白女とも必然的に接続するのではないか。エリオルベルの向こう側でもう1人が手を繋いでいるイメージだ。

 ベルギリオンの中で強まったのは、これはきっと記憶の果実の作用によるものだろう。親和性があるとも言っていたからな。

 ……漸く少し分かって来たんじゃないか? 流されっぱなしからの脱却だ。

 俺の中で組み上がったこの回答は頭の中の霧を少しだけ晴らした。正しいか正しくないかは置いておいて、そう説明出来るくらいには情報が溜まった事が起因するのだろう。

 

「白女の友達は一体どんな奴なんだろうな」

 気分良く俺は言葉を放った。

「…………」

「これは独り言じゃないんだが」

「言えないです」

「あっ、そっちの方か……」

 多少挫かれたが、俺は砂混じりの風を受ける余裕さえ生まれていた。そして知らない内に混じっていた妙な異音が気になった。

「低い……何か妙な音がするな」

「遠くから……。初めて聴きます」

「段々と近付いてる。何処からだこれは」

 見晴らしが良いので辺りに目を配ればおかしな物は直ぐ視界へ入る筈。しかし音の正体が掴めない。


 その音は複数がそれぞれのタイミングで好き勝手に鳴らし、協調性の欠片も無い自由な印象を受けた。

 近付けば近付く程、耳障りで無視が出来ない。俺達は足を止めてその出所を探る。

 すると……不意に何も無い砂原だった前方から、蜃気楼が揺れるかの如く、高速で地面を走行する物体が姿を現した。

 それは山形となった砂を時に蹴り上げ、縦横無尽に駆け回り、俺達を目標に動いている事は明白だった。

 跨るようにその上には人が1人や2人が乗っている。また数人は楽器だろうか、品の無い笛の様なものを高らかに吹いた。


 やがて先頭を走っていた1人が俺達の前に着け噴煙を散らす。側面を見せる様に停止すると、よく見れば前後に車輪を備えていた。これは乗り物なのか?。

「まだ人種の生き残りが居たとはなぁ!? 身包み全部置いていけやぁ!!」

 厚手の革製グローブを嵌めた指がこちらを差す。使い古しなのか剥げて爪が見えている。

 丸い兜を被っていて顔は分からないが、声からして男だ。後から来る同じ格好の者達は瞬く間に俺とエリオルベルを囲いこんだ。

「追い剥ぎか! くっそこんな所で……」

 旅人や冒険者、商人。糸目を付けず通りすがる者へ襲い掛かり金銭を奪う乱暴者。


 直前まで姿を視認出来なかったのは恐らく〈隠明〉の魔法だ。生き物の気配が無かったので油断していた……!。

 俺はエリオルベルを近くに引き寄せる。煽るように一つ、甲高い楽器の音が心臓を貫いた。

 一対一ならまだしもこの人数は無理だ。武器も無い。装備の充実具合から見ても直接の戦闘は愚策と言える。

 目の前の追い剥ぎは勝ち誇った笑い声を上げ、徐に兜に手を掛けるとそのまま上にずらした。

 兜が抜ける。中に収まっていた短い金髪に、特徴的な長い耳が飛び出た。こいつまさか……。

「ちょっと待て。お前のその耳……エルフか!?」

「だったらなんだ!! 痛い目に遭いたくなけりゃさっさと荷物を差し出しな!」


 北部の一帯を治める大国、ソイルヴィータ。そこの主民族こそが魔人種エルフである。直接会った事はないが家族関係の繋がりが強く理知もある、プライドと警戒心の高い種族だと聞いた。

 個人よりも家を重視した全体主義的な思想、人と国家を纏めて蟻だとも揶揄されている。そんなエルフが……顔にタトゥーを入れて、汚れた舌を出す馬鹿丸出しの下品を披露。なんの冗談だこれは。

「相互不干渉協定があるだろう! 俺は平人種ノーマルだ! 此処が何処だか知らないが、場所によっては国家間問題にまで発展するぞ!?」

 俺はそう言って生唾を飲み込んだ。


 過去に起きた世界の大戦。凡ゆる人種が己の血縁以外の一切を絶滅させるとしたそれは、最終的には各国の内戦勃発によりなし崩し的に収束した。その後に組まれたものが相互不干渉協定である。

 他人種への接近から交易に至るまでを全て禁止する。特定職種に限り制限に収まるが、これは他国にも制定された同じ特定職種の資格受領者のみ限定とする。

 これをもし破れば最悪死罪すら求刑される強力な決まり事だ。彼等の今の行いは正にその協定を無視しており、覚悟の上なのかと冷や汗が零れ落ちる。

 返答の代わりに、吹き出すような笑いを皮切りにした下卑た声を追い剥ぎ達は上げた。

 

「誇りがある筈だろうお前らにも! エルフの矜持は何処にやったんだ!?」

 俺はそう続けた。

「エルフだの相互不干渉協定だの……そんなもん知るか馬鹿! 古臭ぇクソジジイ共と同じ事言いやがって頭錆びついてんじゃねぇのか」

 後ろの1人が言葉を放つ。

「小煩い年寄りと一緒にそんな物はあの世に送ってやったよ! 泣きべそかきながら臭い飯でも食っているだろうね!」 

 左斜めの1人が更に。

「俺達は自由を手に入れたんだ! 陰鬱でカビの生えた教えとやらはもう何の価値もねぇ!! ハッハー!」

 そして右の1人が、開放感に満ち溢れるままに口にした。

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