第二章 スクラップ・オブ・ゴールデン

第27話 先の先へ

◇◇◇◇




 瞼の裏にある遮蔽された明かりが途絶え、まるでその時を待っていたかの様に、俺の記憶に鮮明に映り出す何処かの光景。

 頭は地面に落とし生い茂る鬱蒼とした物をただ見続けるのだ。俺はどうにもその草の種類に既視感があった。

 ……なんだろう、解像度が高いとでも言うべきか。今までのその現象とは程遠く、周囲の粘り付く熱気や耳元で茶化す羽虫の笑い声。舌の上で僅かに主張する土の味や腐敗混じりの青臭さに至るまで事細やかに、鮮明に、記憶の主が体験したものが伝わる。

 俺が今その場で経験していると言って良い程の臨場感がそこにあるのだ。


 自他の境界が曖昧になるほどの体験共有。エリオルべルの導きの通りに食した記憶の果実の作用とは、この強烈で鮮明に始まった、他意識の獲得に他ならないのではないか。

 全身の重さを感じる歩く者の道行きは景色を変えずに坂に変わる。この感覚も2度目だ。

 そうであるならば。俺が考えているであろうその目に飛び込むものが更に進んだ先で訪れる。

 落界樹改め菩提天蓋樹ベルギリオン。視界はそれを捉え、雄大なる命の権化が鎮座する様を見る。

「ミスロール……」

 身を蝕む張り裂けそうな程の不甲斐なさ。そこから派生する自罰的な怒りの感情。俺が感じた芯を突き抜ける爽快感とはまるで真逆な、苦しみを前面に押し出した中でのベルギリオン到着だった。


 妙に辛気臭い余韻を残して、俺は震える瞼を開いていく。

 ……砂。砂がある。俺の足下に。

 何度か目を見開いて確認し、そして周囲を見渡してみれば、俺の立っている場所は明らかに変わっていた。

 ベルギリオンという植物の体から、これは、辺り一面が黄土色の粒子が作り上げる一つに染まり切っている。東西南北どの方角も地平線の彼方を切り出していた。

「さ……ば、くぅぅ…………?」

 体験を塗り替える衝撃。驚きのあまりに体が震えるという稀有な状態に。

 

「あの人のお友達が最初に足を付けた世界です。恐らく手掛かりは無いですが、一つ一つを丁寧に遡らないと進めないです」

 手を掴んだままに、エリオルべルが淡々と口を開いた。一緒に居るという事は夢とか幻とかそんな事もなく現実。

 理解不能の果ての先。俺は突風で舞う砂に咳を催されると、皮切りに動き出した全身を漲らせる。

「ベルギリオン離れないんじゃなかったのか!? まだ武器の新調もしていないし、水も飲み切ったし、どうするんだよこれ!?」

「大丈夫です。離れてますけど離れてないです」

 エリオルべルは和かにそう言った。


「まるで理解出来ない」

 俺はそう言って手を離し、砂の地面に膝を付ける。手の平で掬ってみると紛う事なき砂。1日も経っていないのに、恋しく感じていた陽の光にキラキラと輝いて内から溢れる。

 照り返し肌を炙る暑さも現実だ。水が無いという認識が表立つと、途端に喉が渇いたような錯覚に陥る。

「クレイド。手は離しちゃダメです。ずっと繋いだままが良いです」

「いや動き難いだろう」

「跡を追うには繋いでないといけないんです」

 妙に必死に喰らいつく様が疑わしく思いつつも、俺は渋々言われた通りに繋ぎ直す。


 どうする。こんな乾っからな場所で水源を探すには骨が折れるぞ。しかも2人分用意しなければならない。

 死ぬ。間違いなく死ねる。誇張抜きで干涸びてあの世行きだ。

 俺の心配を他所に嬉しげなエリオルベルの姿には、こうやって必死になっているのが馬鹿らしく体の力も抜ける。いい加減にしてくれよ。

「……子連れ狼でもあるまいに」

「なんですかそれ」

「魔物だよ。子供と一緒に旅をする狼」

「可愛いですね」

「警戒心強いからあまり見れないらしいが、体引っ付けて歩き辛そうに進むとかなんとか……」


 明らかに本題から逸れ始めたので軌道修正。俺は言葉を切って項垂れた。一体何をやっているのかと。

「クレイド。そろそろ立ちませんか?」

 そしてエリオルベルからの催促が届いた。

「……はぁ、話していても仕方ないか」

「道はこっちです。さあ立って」

「分かったよ……。分かった分かった」

 俺は腰を上げてこの娘の指し示す方角へ、また案内を任せて隣を歩く。

 果てしない砂の大地を闊歩する者は俺達以外にはいない。時々来る風の唸り声だけが、唐突に現れた来訪者へ威嚇する。

 心の内にある漠然とした不安感は拭えなかった。


 知った道であるように進むエリオルベルの姿に、繋いだ腕は体の動きに合わせ自然と前後に揺れる。

「ベルギリオンのお外も楽しいです」

 風が不意に止んだとみれば、エリオルベルはそう言った。

「出た事ないのか?」

「ずっと住んでます」

「そうか。お前も大変なんだな」

 なんて事はない普通の会話。特に考える過程を踏まずに反射的な相槌を打った。

 一箇所に留まり続けるというのは、ある意味で自分を自分で軟禁している状態と言って良い。

 どんよりと停滞し、成長は阻害される。なんだかエリオルベルと俺自身が重なって見えた気がした。

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