第26話 旅立ち
隣にある明かりのおかげで、細かな作業を続けるのには難儀しなかった。そのままどれくらいの時間を重ねたのか知れないが、暫くすればそこそこ綺麗に縫い終わったバッグが完成した。
「落界樹ベルギリオン。まさかこのダンジョンに隠し要素があったなんてな」
俺は心の中に達成感を秘めつつ言葉を放った。
中の物を整理したが冒険に必須な物も幾つか落としてしまったのは痛い。瓶詰めは四つしか残っていないし。愛銃の残骸は仕舞ってある。
全て買い直すのには幾ら掛かるか……。大まかに計算出来るけど脳は拒否している。
「落界樹ってなんですか?」
隣からエリオルベルの疑問符が耳を突いた。向くとキョトンとした表情がある。
「そう呼ばれているけど、これにも何かあるのか?」
「
菩提天蓋樹……これまた大層な名前がこの娘の口から出て来たな。
「悪いけど他には聞いた事ないから、本当なら何処かで変えられたんだろう」
「酷い渾名です。誰が付けたのですか」
「知らないよ。でもまぁ、良い奴ではないだろうな」
意図が読めない変更となると大抵は時代時代の統治者の都合だが、その中で悪意のある者が貶めようと行動するとこうなる。
ベルギリオンを含む周辺領土を所有する国は現在聖都フェノムグランディアと呼ばれている。建国から今年で482年だったかな。約500年はこの国が統治していた。
それだけ長いのであればこの国が手を加えた可能性は高い。歴史あるダンジョンなのでその前からという線も消えはしないけど。
どっちみち考えても無駄な話だ。確認のしようがないんだから。
話題も変えるか。再確認したい一つを思い出した。
「そういえば白女の呪いが世界規模だって話。流したけどこれは言葉通りなのか?」
色々輪郭が見え始め、混乱が落ち着いた今だからこそ問える。
「ベルギリオンで眠りに着いた理由です。此処でなら抑えられるから」
エリオルベルはそう返した。
つまりだ。俺の中で解釈するならば白女の眠る呪いは広範囲に影響する。世界規模とはここにあたる言葉だろう。それを抑えるためにベルギリオンに赴き、自身を結晶で囲んで呪いに身を委ねた。
何故ベルギリオンでなければならないのか。ここを考える時に一つ重要だと思うのが、俺を無遠慮に救った結晶の魔法? だろう。
眠ってはいるけれど、ある種の意思のようなものをあの時感じた。恐らくそれが選んだ理由に絡んでくるのではないだろうか。
これ以上は直接聞くしかない……いや、待てよ。記憶の閲覧権限とかなんとかって話はこれに適応出来ないのだろうか。
二つの実はもうとっくに消化していると断言出来る。体にはまるで変化がないので少し怪しさが生まれてもいるが。
「なぁエリオルベル。さっき食べた記憶の実とやらで白女の記憶を覗いたらどうだ?」
「見ても呪いは解けないです。どうにかなるなら此処で寝ていません」
……至極真っ当な意見が返された。実際その通りだよな。解呪に繋がる記憶があるのなら、そもそもこんな所で寝る必要はない。
どうにもならないからベルギリオンで自分を封じたと見るべきだな。目的を飛ばして考えを広げたのは間違いだった。
世界とか記憶やら因縁。一度俯瞰して考えてみれば、やはりスケール感は御伽話の絵本のようだ。
「うーん。そんな柄じゃないんだけどなぁ。自惚れ過ぎかこれは」
「どうかしましたか?」
「独り言だから気にしないでくれ」
記憶に映る白女と俺の視点を持った謎の人物。元は夢だと思っていたのに、これが現実だとするのなら二人の関係性も何処か知らない時代で起きた事となる。
エリオルベルの話を100信じるのであれば、伝承やら書物やらに記載があっても良いと思う。だけどそれらしき話は聞き及ばない。
ベルギリオンの名称が弄られた件といいどうにもきな臭さは否めないな。
悪意を持って故意に付けられた火種が燻っているのだと。残り香に誘われたその先には、触れてはならない物が待っていやしないか。
確証は無いけども体の芯が冷たく冷えるのを感じる。
「クレイド」
エリオルベルがそう呼ぶ。
「なんだよ」
「そろそろ始めます」
考えながら、手慰みにバッグの縫い跡を追っていた指を止めた。
「やっとか。何時口に出そうかと思ってたよ」
「力はクレイドの体に満ちました。結構疲れが溜まっているみたいで消化能力落ちてますよ」
「だから時間が掛かったんだな。そうか、俺の体が理由か……」
エリオルベルに対しても怪しい所がないとは言い切れない。嫌いな相手を起こすに足る理由も訊けていないから。
しかし悪意は皆無だと断言出来る。隠し事は多くとも今までの会話の中でそれは伝わった。
縁もゆかりもない冒険者の墓を建て弔う者。これに好感を持った俺の考えは間違っていない筈だ。
「手を取って下さい」
「はいよ」
言われた通りに腕を伸ばし、差し出された小さな手を掴む。
記憶の果実と因縁の果実を通してどう白女の解呪方法を探るのか。エリオルベルの「言えない」で謎と化す現状、直接尋ねるのは良い方法ではない。
身を任せありのままを受け入れる。難しい事だがそれを実践するしかない。
「目を閉じて、力をゆっくり抜いて。そして中心の暖かさを念頭に置いて下さい」
「…………」
俺は目を閉じると、瞼の裏には縁を切った3人が張り付いていた。事ここに至っても、雨後の筍の如く芽を見せる。
俺は正直信頼というものに理解が浅い。元パーティのメンバーに対して後ろ髪引かれずに去って行けた時点で、積もり積もった物を加味しても人に対する情は少ない側の人間なんだろう。
この猜疑心は必ず今後も俺自身に牙を向く。ならば信用信頼と言った言葉は不適切なのかもしれないな。
……怒りだな。怒りだけは確かな物で、俺の道標になってくれる。
これだけは信じていようと、俺はエリオルベルの手の温もりを感じながらそう思った。
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