第25話 記憶と因縁


「俺はただの冒険者だ。それも下から数えた方が早い木っ端な。仮に大きな存在とするけれど、そんな何かから選ばれるに足る人間じゃない」

「強いとか弱いとか、それは人が作った枠組みの中でのお話です」

「……ギリギリ言えるのはそこまで、って感じか」

「はい」

 俺は地面に着けたままの体を伸ばす。そしてバッグの背中を、狐の口のようにパックリ開いた傷口を軽く指で広げ、ため息を吐いた。

 「魔法の才も無く力も弱い。はっきり言って農民の方がお似合いですよ」

 ……また脳裏を過ぎる。サラリームの言葉だ。俺はかき消す様に頭を振る。


 エリオルべルは実りの時期とか言っていたな。もうさっさと、さっさと終わらせて、こんなダンジョンから出て行きたい。悩まされるものがあまりにも多すぎる。

 この木の中で縛られ続ける限り、この不運と感情の落差は解消出来ない気がする。

「そろそろ来ます」

 オロオロとしたエリオルベルの言葉が飛んだ。

 来るって言ったって何処から来るんだよ。上か? 下か? 右か左か。準備のしようもないじゃないか。

 エリオルベルの視線は上を向いている。ならそっちから現れるのか?。

 俺は意欲の途切れたまま同じく見上げた。


 そして照らし続けていた光量が突然途絶える。魔石の使用限界か、それともエリオルベルの意思で魔力を切ったのか。暗闇に包まれた事だけは確かだった。

 俺は体勢を変えず、見ているけれど見ていないという不思議な感覚のまま、やがて天井は薄緑の微かな光を見せた。

 ……何かに似ている気がする。思い出せそうで思い出せないもどかしさだ。こう、喉の辺りにまでは出掛かっているんだけど。

 上の弱光はゆっくりと垂れ下がり、それはまるで木々の根そのものに命を吹き込んだかの如く、規則性なく捻れては時に戻ったり紆余曲折しながら俺を目指しているみたいだった。


 あ、思い出した。子供の時分に夜、孤児院を抜け出して、それで川を見に行った時の光景に似ている。

 そこに棲む細長い魚が産卵の時期になると淡く発光するんだ。知らなかったのだが偶然その場を目撃した。

 動きも光り方もそれにそっくりだ。懐かしいなぁ……。

 俺の目の前で先端と思しき物が止まると、輝きがそこを終点とするように集まっていく。束が雫となって垂れ出して、これが見栄えの良く上下の長い菱形を成形する。

 これが果実……? 実には見えないな。


 千切れて落下したそれを手の平に受け取った。その後はまた同じプロセスを辿って、今度は薄青い光の元で綺麗な四方系が出来上がった。

 二つを見比べてみて、どちらも食欲を唆られる要素は無い。

 唐突にまた、瞳を焼く明かりが襲った。エリオルベルがまた魔石を灯したのだろう。

「記憶の果実と因縁の果実です。クレイドが現れるのを首を長くして待っていた筈です」

 薄目で見ると妙に嬉し気なエリオルベルの顔があった。

 俺はと言えば懐疑的だった。これを食えと言うのかと。


「……えらい角張っているけど、食べられる物なのか?」

 そう訊いた。

「実りとは望まれるからこそ起きるのです。クレイドの目の前で実を付けたという事は、即ち貴方に食べられたいと思ったからです。そのまま丸ごと一気が嬉しいかもしれません」

 答えになっていないが、このエリオルベルは俺が食べると確信しているように思えた。

 てか食すにしても丸ごとは流石に無理だ。感情的な問題というより物理的に口の中に入らない。

 俺はエリオルベルに移していた目を果実に戻す。

「眉唾かと思ったけど、確かに手の上にあるんだよなぁ。なら信じるしかないのか……」


 証拠を出せと言っておいて、いざ出されたら認めずに嘯くような卑劣漢にはなりたくない。ここは素直に受け止め突拍子もない出来事をそれこそ咀嚼する必要がある。

 ただこれを口に入れるとなるとやっぱり二の足を踏む。

「大丈夫です。クレイドを傷付ける物じゃないです」

 決め切らない俺の考えを察してか、エリオルベルの後押しが。

 危険を愛する事こそが冒険者。それに倣うのであれば、この果実に挑むという一要素だけ抜き取ると、俺は冒険をしていると言えなくもない気がしないでもない……。


 もし万が一命を落としても、俺は納得……出来るよな? いや冒険なら出来る筈だ。

「——仕方がない。覚悟を決めて食べるよ。これが第一歩になる事は間違いないんだよな?」

「約束です」

 俺は生唾を飲み込み、一息吹いてから、菱形の記憶? 因縁? どっちがどっちだか分からないけど最初の一つに齧り付いた。

 歯に触れた感じだと生の瓜に近い。奥歯で噛むとこれも同上。

 味は……例えられない。少なくとも俺の食べて来た物の中にこの類の味は無い。

 不味くはない、旨くもない。これは反応に困る。


 期待するように輝かせた瞳を向けるエリオルベルを見て、少し罪悪感が湧いて来たので俺はさっさと一つを平らげた。

 そして四方形のもう一つに口を付けた時、やっぱり形容出来ない味なんだが此方は美味しいと思えた。

「美味い」

「記憶の味です」

 今食べた物が記憶、先程の物が因縁か。

 二つを食べ終えて腹にはそこそこの重量感がある。警戒していたのが馬鹿らしいと思える程特に変わりがない。


「何も起きないが」

「消化には時間が掛かります」

「あっ成程」

 時間が掛かるらしい。考えてみればそりゃ至極当然だな。食べているんだもの。

 エリオルベルは俺の隣に腰を下ろした。そして両足を折り畳んで膝の上に火の魔石を持つ手を乗せる。

 機嫌良くその魔石を見つめながら光は明滅を繰り返し、どうやっているのかその色も何色と変化させる。遊んでいるようだ。

 俺は……バッグでも縫い直そうかな。


 その時間には丁度良いと思う。内心これが気になって仕方なかった。

 縫製道具が残っていることを祈りつつ中の物を全部確認し、目を配らせて見つけた一つの小袋に笑みが溢れる。

「記憶と因縁。七果実ならあと5つも存在するのか」

 早速修理に取り掛かり縫い上げる中、俺は片隅に引っ掛かっていた事を尋ねた。

「安定、力、魂、記憶、時、因縁、未知。この全てが、世界が世界とする所以です」

「仰々しい言葉の羅列だな。他の果実も食べると能力とやらを貰えるのか?」

「言えないです」

 そんな会話を交え時間は過ぎて行く。

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