第23話 親和性


 明らかに生き物の死骸を埋めているであろう墓の数々。背筋に鼠が這うような、そんな薄寒い忌避感に似たものが内から滲み出す。

「これはお墓です。ベルギリオンの中で人知れず亡くなった人達です」

 エリオルベルはあっさりとした様子で二言。

 ベルギリオン内で亡くなった冒険者達をエリオルベルが回収し埋葬を行った。という解釈だろうか。

「エリオルベルが埋めたのか?」

「はい」

 合っているようだ。

 何十とひしめき合う死人の揺籠は、そのままエリオルベルが地道に積み上げた歴史とも言い換えられる。


 この娘はそんな作業を1人で淡々と熟していたのだろうか。そういえば他に住んでいる者は居ないのかと訊かなかったな。

 エリオルベルの隣に行き表情を見た。特段変わり映えがなく黙っていて、慣れてしまうほど繰り返したと考えると無性に物悲しくなった。同時に1人だけであると、暗に示している様にも思える。

 俺は墓の列へと視線を戻す。

 志半ばで絶えた同業の末路。彼等はどんな顔で最後を迎えたのだろうか。

 この中の多くは俺が死に掛けた時と同じで、命尽きるまで冒険をやり通したのだと信じたい。満足してこれ以上にない幸福の中であったと。

 

 ……羨ましいな。比べれば俺は、なんと生き汚い事か。

 恥ずかしさに身を摘まれる思いだった。彼等が俺の有様を見たらどう言うのか。

 想像だけど前パーティでにわか冒険者をやっていた時に受けた言葉と変わらない筈だ。事ここに至っては痛烈ながら受け止めるしかないだろうな。

「……あの」

「ん?」

「お願い、増やしてもいいですか?」

 恐る恐るそう尋ねてきた。

「一緒に行動するのなら頼み頼まれも起きる。あんまり気にしなくていいよ」


 俺の言葉に少しだけ口角を上げたような上げていないような、そんな判断の付かない微妙な顔付きを見せた。

 なんだか俺は、このエリオルベルという人物を気に入ってきた。不明瞭な人物像と魔法使いとしての力量の二つに怪しんだが、どうにもそれ等を払拭させる独特な魅力があるみたいだ。

 それに見ず知らずの他人の為に墓を立ててやろうとする者はどれだけ居るのか。それもこんなダンジョンの奥地に1人で。

 きっと俺が死んでいたらエリオルベルはもう一つ墓を増やしていた事だろう。冒険を完遂出来たあり得ざるもしもを考えると、それが堪らなく嬉しかった。


 他人に対しては利害のみで関わる日々だった。だから好感を持つのは久々である。

 エリオルベルは手近な墓の隣に立つと、こちらに振り返って見せた。

「クレイド。一緒に墓標へ触れて下さい」

「断る」

 穏やかな心のまま拒絶すると、エリオルベルの眉に途端皺が寄った。

 それは嫌だ。それだけは御免被る。何を頼まれるのかと思ったら、断る権利が無くなる訳でなし。

 同業者への親近感とは別の話だ。病原菌の温床である事は想像に難くない。時を経た死骸はともすればダンジョン攻略よりも多大な危険性を孕むかもしれない。


 何より触れてどうなるのか。エリオルベルからすれば意味があるのだろうけど俺には分からない。

「確かめたいんです。危なくないです」

 語気強く言った。俺は確固たる意志に基づき近寄る事はない。

「墓は無理だ。正直これ以上近付きたくない」

 そう伝えるとエリオルベルはまた歩き出した。顔付きは不満げなままで。

 この墓地の端の方には小さなテントが立つ箇所がある。その真隣には亡くなった冒険者の遺品だろうか荷物が整頓されて積まれている。

 そこへ辿り着くとエリオルベルは荷物を漁り始めた。俺は大丈夫そうだなと後をつける。

 

「これなら触れますか?」

 砕けひしゃげた金属の板を取り出し俺に向ける。明かりに照らされて水面のような光沢がある。

「まぁ、触れるけど……一体何がしたいんだ?」

「知りたいんです」

 やっぱり言葉足らずだな。そう思いながら俺は、差し出された金属片を掴んだ。

 ——特に変化ないな。意味が分からな……。

 思考を遮るようにして、唐突に俺の知らない景色が脳裏に浮かんだ。

 既に何度も体験した感覚。まるで自分の事のように知らない記憶が流れ込む。


 目前にはシルバーガーディンがいて、視界の主は酷く疲れ口が渇き切っている。

 あぁ、水が飲みたいな……そんな恋し焦がれる渇望が伝わった。

 得物である手元の剣は折れていて、それでも強く握り締めているせいで手の痺れは通り越し血を止めている。

 そんな最中にフッと意識が一瞬離れた刹那があった。好機と見たシルバーガーディンの迫る姿をボヤけた瞳が捉える。

 遅れて対応するも体は付いて行かず、そして目と鼻の先であるシルバーガーディンは大口を開き……。

 ここで記憶は途絶えた。

 

「み、水……水!」

 体中の水分という水分を絞り尽くされたと錯覚する、喉の粘膜をも引っ付かせる途轍もない嫌悪感。

 俺はバッグを慌てて下ろし、中の荷物を無造作に引っ張り出すと、一つだけ残っていた皮の水筒を見つけ目頭が熱くなった。

 浴びるように飲むと天から降った甘露と見紛う美味しさだった。

「記憶が一番強く、因縁とー……親和性があります」

 俺は息を切らせて、淡々と言葉を連ねるエリオルベルの声に耳を傾けた。


 何度か飲めば落ち着いた。そして何をさせたかったのか分かった。俺の内部で起きる不可解な現象について知った上で検証を行ったのだ。

「知りたい何かは、これで分かったのか?」

 俺はそう尋ねた。

「辿れます。あの人を助けようとして死んだ方の道を」

 助けようとして死んだ……あぁ、白女の前で話した解呪の方法を探しに行った友達かなんかか。

 辿るという事は、その人物が鍵になるのか。

 俺は殆ど無くなりかけている水筒に対し、もういいかと、後先を考えず残りの全て腹に収めるのだった。

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