第22話 墓標
ソロで冒険者をやると無理矢理出て来たのに、気付けばまた人の姿が隣にある。関わりを避けようとしても結局そうなってしまう。
目に見えない何かが俺を1人にさせないと息巻いていると、朧げに纏わりつく意思のようなものが酷く不快だった。
俺の目の前に現れた新たな道は、平坦に真っ直ぐと作り上げられていた。
エリオルベルは先頭を行く。やはり見知っているようで足取りは軽快である。
初対面である筈のこの娘が俺に協力する意味はよく分からない。流されて着いて行った方も大概だが。
先程はキッパリと拒否されたが、ここに関して言えば納得のいる答えが欲しい。俺は頭の中で言葉を纏めてから口を開いた。
「言える範囲で構わないんだけど、エリオルベルは俺に協力してくれると受け取って良いのか?」
「はい」
「その理由は?」
「…………見返りに私の用事を手伝って欲しいです」
かなりの間を空けた後にそう言った。
中々秘密の多い幼子である。でも、助けるから私を助けてとするその行動には好感が持てた。誠実さがそこにある。
しかしエリオルベルの期待に応える活躍を俺が出来るのかは甚だ疑問だった。目を見張るような技能を持ち合わせていない。
「俺に出来ることなんて高が知れているよ」
「クレイドじゃなきゃ駄目なんです」
エリオルベルはそう言い放った。冷や水を浴びたように硬直する感覚が肌を巡ると、無性に小恥ずかしさが胸の内から込み上げた。
「それは……嬉しいな」
絞り出した返答は自分でも酷いと思うほど純粋な言葉だった。
俺の何を知ってそう言い切れるのかと、疑問符が浮かぶくらい強固な自信を内在させていると感じたから。
「大樹の入り口はまだ遠いが、どうやって出て行くつもりなんだ?」
バツの悪い心を隠すつもりでそう言った。エリオルベルは振り返る。
「此処からは離れないですよ?」
「……何?」
エリオルベルの言葉は俺の予想していたものから離れていた。地上に送る意味合いで案内していると思っていたが。
出会ってからの会話を考えてみるとこの幼子が言った覚えは確かに無い。それなら一体何処を目的地として歩いているのだろうか。
解呪を行うという一点だけに行動するのならば、戻る以外の選択肢はないだろうに。
「俺には呪いの対処に関する知識が無い。なので一旦魔法関係の書物を漁りに地上へ帰りたいんだけど」
「魔法では解決出来ないです。あの人の絡まった呪いは世界規模です」
「世界規模……?」
「影響の範囲です」
会話が出来ているのに話の内容はチンプンカンプンだった。
眠りこける呪いが大それた効果をもたらすとは到底考えられない。
このエリオルベルという娘は、少しばかり、相手が知っている前提で話すきらいがあるらしい。
都度噛み砕いて問うしかないが、言えない部分に掛かっていると答えは貰えない。
どうしたものかな。上手く迂回させて言わせられたら良いが。
搦手となる文言を思案しているとエリオルベルが足を止めた。
「私の部屋です。ここにあります」
目の前には何故か人の文明をありありと感じさせる木製扉が根の壁に挟まれて存在していた。ここに“ある”か。何が在るのだろうな。
エリオルベルは取手を掴んで奥に開く。
近くでよく見ればその全てが木の材質で出来上がっていた。蝶番にあたる部品までもがそうなので驚きを禁じ得ない。
ベルギリオンという魔物蔓延るダンジョンに人が居住している事の実態が現実味を帯びる。嘘や冗談の類じゃないのだと。
部屋……と言えるかどうか分からないその中は発光苔すらいない暗がりの園だ。
見えなくはないが気にせず動くには躊躇する。
エリオルベルは腰元に手を入れ、何やら無造作探す様子を見せる。
取り出した物は見えなかったが、次の瞬間に起きた眩い光が答え合わせとなった。
火の魔石だ。幼子の手元には太陽の如き瞳を劈く光量に、その周囲を熱波を放つ赤い気が取り巻いている。
俺は瞬きさせながら手で影を作り様子を見る。
この昼間を思わせる輝きはかなりの魔力を注ぎ込んだ故。過剰送付による磁場の形成まで起こってエリオルベルの手元から浮いている。
無機物に於ける魔力蓄積限界値というものがある。それを超える魔力を受けると、抱え切れずに物質の崩壊が始まる。
魔石に限って言えば磁場の形成はその前段階。崩壊に至らせず、維持し、活用しているのは相当な魔力操作の練度である。
その物質の計算を交え、魔力にも数値を定めて、管理の上でやっとの現象。それを感覚で行っているのだから魔法使いとしては上澄みも上澄み。
そんな強者然とした行動を目の当たりにして腰が引けていた。
「君は……本当に何者なんだ?」
「…………」
エリオルベルは語らない。驚きのあまり同じ質問を繰り返してしまった。
扉から先へ歩き出すと、俺もまた悶々とした払拭し難い思いを抱えつつ後を追った。
明る過ぎるが故にいつまで経っても目が慣れない。シルバーガーディンの雷伝を間近で食らってる気分だ。
こんな力を見せられてはもう幼子とは言えないな。……そんな人物が俺を頼る理由ってなんだ?。
「エリオルベル。ごめん、前が見えない」
「あっ……少し小さくします」
明るさの減りと共に薄目を開けて、俺はこの場に何があるのか目を配らせる。
そして、その映ったものに心臓を掴まれる。
山形に土が盛られた箇所が点々と。まるで墓標を表すかの如く小さな木柱が伸びて、おどろおどろしい光景が作り上げられていたのだ。
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