第21話 解呪を求め
「この人、助けたいですか」
エリオルベルがそう訊いた。俺は自分の右腕を見て、この娘にも見えるように手を振る。
「魔物か人か分かったものじゃないしな。機能に問題なくっても、流石にこのままじゃ今後に差し障る」
これも言い換えたら呪いだ、結晶の呪い。俺が大怪我を負ったのはさぞ都合が良かった事だろうな。
クリスタルアームは相も変わらず、感覚が無いのに思った通りに動く奇体。元の肉体を返す義務が女にはあるが、目が覚めない事には会話もままならない。
このまま冒険の再開なんて出来る筈がない。不確定な要素を抱えたままでは進めない。
誘導されるがままの選択肢を取らざるを得ない現状は腹立たしさに余る。冒険は中断として白女の解呪を目的にする以外を排除された。
アーデンツァの代わりも見繕わなければいけない。
武器が無惨な有様となったのはこちらの使い方が問題だ。でも八つ当たりをした所でバチは当たらないだろうよ。
「昔、この人のお友達が1人、呪いをどうにかしようとしていました。でも、亡くなりました」
「かなり強力な呪いって事か」
やはりエリオルベルは白女も含めて何か知っているようだ。法螺を吹いている雰囲気はない。
白女の顔に目を向ける。寝姿は特に変化が表れている訳でない。
正直人選を間違えている。俺には魔法に関する一切の知識が無いし、区別をある程度頭に入れているだけだ。
そもそもジャンルとして呪いなんてものはかなり小規模だ。そんなものの理解など魔法使いの入り口にすら立てない俺が知る訳ないだろう。
はぁ……どうしてこうなったんだ。
「摂理を犯し続けた者への罰なので、治す方法は少ないと思います」
「……冒険を続けたいなら、やらなきゃならない事なんだ。不本意だけど助けるしかないだろう」
一先ず探し方だな。ベルギリオンから出て、魔導国家メタニに向かう。そこで情報をかき集めて解呪の方法を探すのが手っ取り早い。
……というか、まずベルギリオンを出なけりゃ話にならないよな。どうやったら上に戻れるのか。
結構落下してきた筈だからこれも大変だな。
色々思案していると、横にいた筈の子供の姿がない事に気付いた。
「着いてきて下さい」
声が放たれた先に目を向けると、大きな結晶の隙間から此方を見るエリオルベルが。
「あ、おい」
返事を待たずしてその子は先に進んだ。出口を知っていて案内するつもりなのだろうか。
俺は言われた通りに後を追うと、狭い結晶に荷物がかなりギリギリで体を何回か止める。
その都度体の角度を調節して通れる所のみを進む。やがて結晶と根の境のような部分に行き着いた。
根には穴が空いていて下に向かっている。
非常に驚いたのは階段状になっている事だった。自然が作り出したにしては機能的であるし、しかしその造形に人の手が加わった形跡が無い。生え揃う内にそうなったと見える、不思議な育ち方だ。
降りた少し先でエリオルベルが待っていた。
「こっちです」
俺は頷いてその案内に従う。
急に現れたと思ったけど、そうか、この階段を登ってあの子は来たんだな。
発光苔が仄かに照らす中を、慣れた足取りでエリオルベルは降りて行く。途中途中で俺が着いてきているかを見る為に振り向いて待っていた。
優しい子だな。俺の元パーティは待ってくれる事なんてなかったが。
遅れる方が悪いのか、それとも仲間なら待って然るべきなのか。それに関しては何方も一理ある。
俺が言えるのは、1人ならこの問題は無に帰すという事だけだ。
……思い出したくもないのに、冒険の最中にチラついて仕方ない。それ等を糧に今の俺があるのだろうが、要所要所で行動の如何に関わるのは気分が悪く余計に考え込む。
暫くすると俺も慣れてきて、エリオルベルの背中が見えるくらいの位置を維持。あの子は何処に連れて行こうとしているのか。
続けた一歩を前に出した時、背中からゴロンと転げる音が鳴った。俺は荷物が落ちたか振り向きと拾い上げ、それは瓶詰めの一つだと認識する。
バッグも縫い直さなければ。無くしていなければ応急処置が出来るアイテムは入っている。望みは薄いけど。
先のエリオルベルが立ち止まり、俺は時間を置かずに追い付いた。
ゴールに辿り着いたという訳ではないらしい。まだ奥には階段が続いている。
「ちょっと待って下さい」
そう言ってエリオルベルは隣の壁に向き合い、平手で強く叩き付けた。
奇妙な行動ではあるものの、俺は取り敢えずそれを黙って見届ける。
エリオルベルは続けて何度も叩き、そろそろ声をかけようか思い始めたその瞬間、
「うおっ」
唐突に起きた地の揺れに足を取られた。いや、揺れなんてレベルじゃない。掻き混ぜるかのように激しく、俺の体が地から離れるほどだ。
なんとか階段にしがみついて耐え、エリオルベルが心配だったが平然と壁に注視していた。
何か巨大な生き物の活動と見紛う激震。次第に落ち着きを見せ始めると、エリオルベルが向いている壁の一部が吸い出されるように崩れ出した。
完全に停止する頃には立派な道がそこには出来ていた。
「なぁ、君……エリオルベルは一体何者なんだ? 随分と詳しいようだけど」
体に残る余震にふらつきながら言葉にする。白女の事情にも、この大樹にも、明らかに知見がある振る舞いに、俺はとうとう疑問を口にせずにいられなくなった。
「言えません。ごめんなさい」
断固として拒否すると、そう気持ちが乗っていた。これは押してみても無駄だろうな、深追いは無駄か。
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