第20話 謎の幼子
◇◇◇◇
何処からともなく現れた子供はジッと見つめ俺から視線を逸らす事はない。何がそんなに興味を惹くのだろうか。
「こんにちは」
唐突にそう口付いた。
「え? あ、あぁ。こんにちは……」
歳に似合わず一言がハッキリとしている。挨拶は大事だけど、この醸し出す純粋さがもたらす空気は居た堪れない。
俺は続けて口を開く。
「……ここは危ないから離れた方が良いぞ。何処から来たんだ?」
幼子は顔色を変えずに指を下に向けた。
それを意味する所に想像が及ばない俺ではない。この幼子が言いたいのはベルギリオン。ひいてはこの大樹そのものである、と。
「ベルギリオン……に住んでいるのか?」
言質を取る意味合いにてそう尋ねた。
「はい。あの、貴方は何回目ですか」
「何回目? 此処に来るのがって事か?」
幼子は返答せず、ただ無言で腕を突き出して来た。まるで握手でも交わしてくれと言わんばかりに。
これで良いのだろうかと生身の残る左腕でその手を掴み、幼子は見定めるような瞳を閉じる。
「あっ……」
目を見開かせたその幼子は、そのまま手を離すと何故か俺の足に抱きついてきた。予想外な行動に一歩後ろに下がったがあちらの方が早い。
「お、おい。何? 何なんだよ」
「…………」
幼子はまた返答せず、無言で俺太もも辺りに顔を押し付けている。また訳の分からない事が始まった。
ベルギリオンに到達してから頭を悩ませる事ばかり起きる。いい加減想像の余地に収まって欲しいものだが。
……てか俺のズボンもう何週間と履きっぱなしなんだが。自分で言うのもあれだが非常に臭いが骨身に染みる。
それを考えるとこの状況は酷く恥ずかしくなる。この子は鼻が曲がらないのだろうかと。
気になってしまうと聞かずにはいられなかった。
「なぁ君……臭くないのか?」
「…………」
喋らず。ただ無言でそのままである。
体温が妙に暖かいのも、こそばゆいというか、気持ち悪いというか、そもそも人に触れられた経験も皆無なので、俺にはこの後どうしたら良いのか次を思い浮かばない。
「あー、そうだ。名前。君の名前を教えてくれ。ついでにそろそろ離れてくれよ」
咄嗟に思いついた二つを口にすると、
「急に変な事するなよ。顔酷いぞ」
俺はしゃがみ込んで軽くその顔の土を払う。反射的にその子は目を瞑ったが、口角が少し上に向かって伸びている。
まるでそうされるのが嬉しいと、言葉に出されなくとも感情は伝わってきた。
何だってこんなダンジョン攻略の最中に子守をしなきゃならないのか。もうすっかり怒りは蒸発し、精神疲労のみをひしひしと感じる。冒険と対極じゃないかよ。
「エリオルベル」
「ん?」
「私の名前です」
静かにそう言った。エリオルベル……物々しい名前だな。
このくらいで十分かと、俺は手を引いて体を戻す。
「俺はクレイド。良い名前付けてもらったんだな」
「クレイド……クレイド」
消え入りそうな声で俺の名前を反復していた。……記号に近い無意味な名前なんだ。正直、覚えられたくもないのだが。
まぁそれは良いとして、この後はどうしようか。
エリオルベルは白女について何か知らないだろうか。
「なぁ、此処に住んでるのなら、このクリスタルの中にいる女が何なのか知らないか? 俺許せないんだよこの人」
そう尋ねると、エリオルベルの眉間に皺が寄って、怒りの形相と言わないまでも不快感を露わにした。
「
「それは……」
記憶の中の語句。あれは妄想ではなかった。そしてこのエリオルベルが何かしらを知っている人物である事の証左でもあった。
「私、この人好きじゃないです。循環の邪魔をするから」
「同感だよ……循環?」
「この人の行動も、その存在も、全部が反しているんです。しかも理解した上でそう成っている。……だから呪われた」
そう言ってエリオルベルは白女へと瞳を伸ばした。
俺の知っている呪いであるならば、これ即ちスキルに該当する。体の自由を奪い、思考に左右し、はたまた通常時では得られない力を条件付きで与える。
行動がトリガーとなる事が多く、殺害行為による恨みの念が最も一般的だろうな。魔法使いの中にいる特定の流派がその類の力を振るうとも聞いた事がある。
これに名付けるならば、眠り続ける呪い。文句を垂れるには態々呪いを解いてあげて、直接起こさなければならない。
そこまでの労力を割くとなると少々話が変わってくる。
何故俺の夢やら記憶やらにこの白女が出張って居たのか気にはなる。戦闘に対する横槍もそうだ。
俺の肉体部品を結晶とさせた真意も尋ねなければならない。
「困ったな本当」
俺はそう口にしてから、一つふと気が付いた。まさかこの女、自分の呪いをどうにかして欲しいから此処まで誘導したのか?。
クリスタルに眠る眼前に俺を辿り着かせ、これの解決法を託す為と考える。すると死なせないとした行動も全て説明が付く。
解呪に向かう以外の選択肢は無いのだと突き付けられている気分だった。なんとも自分勝手な話である。
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