第19話 代用結晶〈エイメナ・クリスタル〉
うんともすんとも言わない結晶の眠り姫に感情の発露をぶつける無意味さは漠然と心の内にあった。
同じくしてそろそろ、俺の体の限界も近づいていた。疲れに苛まれているのではなく物理的に血が足りなくなっている。
戦闘中に動き回り生まれた発熱を頼りにしていたがそれも冷え込んで来た。氷の海に浸かっているのかと、そんな歯がガチガチと鳴る寒気が襲った。
こんな気色悪い結晶に囲まれて死ぬのか。虫に食い散らかされる末路のがよっぽど冒険者らしいのに。
何の為に、どんな了見があって俺を助けたのか。それだけは聞いておきたかったが。
急に体の浮く感覚に地面へと体勢を崩し、指先がプルプルと痙攣する。
充分過ぎるほど寝たのに、瞼の重さは二徹のそれだ。このまま目を閉じたらどれだけ気持ち良いんだろうな。
瞑っては開け、瞑っては開けの瞬きの最中、次に開けた瞳は結晶を映した。結晶は腐る程あるが、それは正しく自分の右腕だった物に他ならない。
一瞬時が止まった気がした。幻覚かと思い目を擦って見直しても、確かに右腕がそのまま結晶の彫刻と化している。
肩、二の腕、肘、前腕、手首、各指の細かやな部位までが光り輝いていた。
驚きはしたが飛び上がる気力は無い。恐る恐る肩を回すと、外れていた箇所も何故か上手く嵌っていてスムーズに動かす事が出来た。痛みも皆無。
腕を振る——問題無し。指をシルバーガーディンの多足の様に高速で上下させる事も出来る。普段の俺の右腕と何ら変わらない。
……というか、塞がっていた筈の左目が見えてないか?。
俺は近くの結晶を覗きこんで、その反射で映る自分の姿を確認した。
「目が……」
眼球丸々結晶だ。それでも良好な視界を提供してくれている。
触ってみると感覚は無く鉱物そのものの硬さを維持していた。何故機能が回復しているのかは見当も付かない。
息も上手く吸え始めた気がする。全身に散らばった鉄屑の埋まる感覚が途絶えたのだ。
俺の負った怪我の一切が、クリスタルの煌びやかな輝きを放つ代用品に置き換えられた。
「……どこまで人を虚仮にすれば気が済むんだ。あんた」
はらわたが煮えくり返りそうな心持ちであれ、頭で考える事は呆れの一言だった。どうやら俺の冒険の妨げになる事に余念が無いらしい。
さっきまでの死に体が嘘のように体も軽い。俺は立ち上がって、ふとその女の包まれているクリスタルを思いっきり殴り付けた。
重鈍な衝撃が体の内部まで染み渡る。クリスタルアームには感覚というものがないようで直接の痛みは微塵も無いが、それが怒りの最中に一雫の物悲しさを垂らす。
断りもなく変えられてしまった。こんな有様で、一体どうしろってんだ。
舌打ちを吐いて、大きな溜息も追随した後、また不意に俺の脳内へ知らない映像が入り込む。
誰かの首根っこを掴んでいる。それを持ち上げて、下ばかり見ていた目線が珍しく上を向いていた。
服装はローブのように見えるが妙に金属的な光沢も持ち合わせていた。これは……遺物の類か。初老の男のように見える。
恐怖と怒りと焦りの入り混じる複雑な目が、俺にはどうにも見ていられないと思うのだが、この記憶の誰かは逸らす事なく突き合わせていた。
口を魚のようにパクパクと上下させ、押さえ込まれた喉を無理やり使おうとしている。
何故こんな事をと理由は読み解けないものの、掴む者の心にあるそれには理解が及んだ。怒りだ。
「
掴む首元の手の内から、溢れんばかりの灰色の粒子が零れ落ちる。
すると掴まれていた男の水分が抜け出るかのように乾涸びて、断末魔すら上げる間も与えずその命は事切れた。
手が離され、自由になったその骸は地面を叩き砂となる。
「殺してしまったのですね」
後ろから伸びる声があった。これは知っている。俺の戦いを台無しにした、あの女の神経を苛立たせる声色だ。
「…………」
この記憶の男は何も口にしない。
顔が動くと、その先にやはり、クリスタルの中で眠りに着くそのままな姿が立っていた。
「これが貴方のやりたい事ですか?」
夢の中の白女の口調と大分違っていた。俺が知っているのは、もう少し砕けた友人と語るかのような感じだった。
俺の視界となっているこの男もそうであるならば、随分と振る舞いが違う。剣だって携えていないし。
本当にこの2人は夢の中の者と同一人物なのだろうかと、その疑問は拭えなかった。
「……我が灰は、遍く力の全てを消化する。望まれた、そう望まれたからこそ、ここに在る。蚊帳の外と思うなよ
持ち上げた両の掌から、膨れ上がる灰の如き物が風に散らせつつ尚湧き続ける。
白女の表情は分からなかった。何を思っているのか、それを表す材料がない。敢えて言うのであれば無だろうか。
ゆっくりと一歩を踏み出すと、それに伴って地面に侵食している結晶が弾けた。
「————
……ここで記憶が途絶えた。シルバーガーディンとの戦いの時もそうだが、これは一体どういう現象なんだ。
俺はいつの間にやら頭を落として瞑っていた目を開く。すると目の前にいる何かと目が合った。
「……」
子供だ。まだ年端も行かない幼子が無言でそこに居た。
木の皮のようにゴワゴワとした衣服を身に纏い、黒い髪はが肩まで掛かっているのが特徴的だった。
痩せ細っている訳でなく健康に見える風貌。こんなダンジョンに奥地に何故と、不可思議の重なりに困惑の一言だった。
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