第18話 女の子が眠ってました


 数分、数十分。時間感覚は不確かであるが、かなり長く落とされている。

 視界が先程まで暗かったものの、暫くしたら俺の周囲の壁面を下るようにあのクリスタルが背後に迫り光源となった。

 噴火した俺の怒りは落ち着いたが、内部で煮えたぎるマグマのそれは依然と存在していた。

 俺を無遠慮に助けたこの結晶が特定の意思に基づくものなら、それが誰であろうと文句の一つでも付けなければ収まりようがない。

 ベルギリオンの探索すら今や台無しにされている。何もかもを奪い取られた気分だ。


 ガクンと体が突っ掛かりを覚えたかと思うと、そのまま魔法の力なのか速度が緩やかになり、そして下に見え始めた根の上へ着地した。

 道は少しうねりながら直線に続いている。

 結晶が点々とその姿を伸ばしているので、道の明るさは比較的確保されていると言える。

 不意に潰れた左目がズキンと、神経を削るかの如く痛みが走った。緊張感から解放された故か、どうにも負った怪我の幾つかが訴えかけるのだ。

 右腕にはもう感覚すら無い。動く為の支障とならないのでこれはこれで楽だが後が怖いな。

 縺れる足に方向を定め、俺は何かが待つその先へ歩き出す。


「ゲホッ……ハァ」

 上ってくる血の味が気持ち悪い。……今気付いたが前歯の一本が欠けている。どのタイミングでやらかしたかな。

 口に溜まったものは都度吐き出し、渦を巻きぐちゃぐちゃな粘土質の視界が正面にある。

 ハァ……シルバーガーディン。どうしてあんな巣が入り口近くに出来上がっていたんだろうな。同種族に対する攻撃性が高いって話なのに。

 予想外予想外。そればっかりだ本当。書かれていようが聞き齧った事だろうが役に立つものは少ない。


 もしかしてベルギリオンの巨種付近で異変でも起きたのか? それならあんな上まで来る理由になるけど。

 他の冒険者ならあれをどう対処していたんだろうな……。複数戦だから背中合わせに戦う……いや、あの動きだから直ぐに分断されてしまうか。雷伝の魔法も使う訳だからしっちゃかめっちゃかになるのは必至。

 そうなるとやっぱり個々人の力量がそのまま直結しそうだ。戦士なら真正面からシルバーガーディンの攻撃を押し除け、盗賊であれば動きは機敏なので敵を惹きつけつつ関節などのウィークポイントを狙う。魔法使いは……扱える魔法の区分で変わるな。

 

 これが仮にソロであったとしても、俺よりも見栄えの良い戦いはしていたに違いない。

 死するその瞬間もまるで絵画の様に洗練された、人々の目を引くものを描き出していた。そう確信出来る。

 ——無様だなぁ俺は。それに比べたらあまりにも格好が付かない。

 資本である体も、準備を込めた荷物も、戦う為の魔力銃さえ全て無くして今、生き続けてしまった。

 あのまま死ねたのなら少なくとも冒険者としての矜持は示せたが、こんな何もかもを失って無傷に残ったのは魂くらいだ。恥晒しなんてレベルではない。


 。もしそんな称号を得てしまうのなら、俺はナイフを取り出して我が命に始末をつける。

 人の考えや思いを無視して手を出すとはそういう事なのだ。本人は意気揚々と助けているつもりでも何の意味も為さない。自分の勝手な思い込みをさもそうであるかの如く烙印を押し、己を満足させたいだけの欲が形作る虚像は正に傲慢。

 ……本当に嫌いだよ。自分だけの世界で生きている奴が本当に嫌いだ。

 俺は足を止めた。この茶番な道筋の恐らく最終地点。結晶が埋め尽くす突き当たりへ辿り着いた。

 

 これと言って目を見張るものはない。こんな所にまで歩かせて、一体何の用があるってんだ。

 どこもかしこも結晶結晶。ただでさえ疲れているのに目に悪い。

 もしやこの先にも更に道が続いているのではないかと、左手の壊れた愛銃で軽く叩いてみる。するとそれが影響したのか、叩いた箇所から金属の錆の様にボロボロと溢れ落ちる。

 全体に波及して崩れると、その残骸は空気に溶け込むよう消え去って、中にはまたクリスタルが現れた。……1人の女の子を中心に添えて。


 装飾品を散りばめた、凡ゆる要素を混ぜ込んだかの如く判断の付き難い装いは心底見覚えがあった。

 夢の中の、そして先ほど垣間見た記憶。その姿そっくりの人物が、まるで眠っているかのように安らかな顔を浮かべている。

 白い肌に白い髪。顔の整った女性はまぁまぁ目にして来たが、そのどれもが及びつかない程絶世の美女と言える顔立ち。

 夢の中の曇りが晴れた。そうか、こういう顔の女だったのか。

「てめぇかよ、てめぇだな……。俺の戦いに水を差したのは」


 だからといってこの感情が無かった事になる訳がない。何となく無駄だろうなと思ったが、それでも言葉を連ねずにいられない。

 理屈は分からないが、横槍を入れたのは間違いなくこいつだと言える何かがあった。

 返答はされず、ただ相対するまま時間が過ぎて行く。

「何か用があって呼んだんだろうが。起きろよ白女」

 痺れを切らせまた愛銃で結晶を叩く。名前なんか知らないのであだ名だ。

 魔力銃が無事だったら1発ぐらいかましていたな。

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