第17話 クリスタルの手引き
「ハッ……ハッハッ……」
息が思うように吸えない。肺もやられてしまったのだろうか。何となくそこにも破片がある気がする。
目の前のシルバーガーディン達は銃声にやはり慣れていないのか距離を取ったが、もう意味は無い。
踏んだり蹴ったりだな。……でも、やっぱりこれが冒険なんだよなぁ。
「んふ。ふっ、ふっふ……げはッ」
久々に声を出して笑ったが、それは咳に伴って吐き出された液体に阻まれた。赤い液体。唇から垂れた残りを左腕で拭う。
視力の残る右目で魔力銃を見ると、粉々に割れた銃身の一部だけが残り、ストックと引き金の所は無事だが揺らすと金具がカラカラと鳴って固定は外れていた。
原因は……考えてももう無駄だな。今までありがとうアーデンツァ。頼りっぱなしだったな
魔力銃の残骸を胸に抱え、まだ動く両足を立ち上がらせる。
「げふッ。……まだ終わりじゃねぇよ」
左手の拳に両足だってあるんだ、直接殴り付けてやるよ。
最後の最後まで冒険を。命尽き果てるその時は、全てを楽しみ笑顔であの世に向かう。あるか分からないけどな。
「——そうだ、まだ終わっていない。やり残した事を、もう一度会わねば終われない」
シルバーガーディンが迫り来る中で、俺の思考に無い言葉が不意に、無意識に声となった。
会うって……一体誰にだよ。何……何だこれ。
混乱と言って良いのか。自分の口であるのにまるで別の人間に変わったかの様な違和感があった。
会いたいと思う程の奴は居ない。他人に悩まされず1人で冒険者をやれると示す為にここまで来たんじゃないか。馬鹿馬鹿しい。こんな忙しい時に、遂におかしくなり始めたのか。
疑うべくは自分の状況であった。
『何時も傷だらけだね』
更に続いたのは、穢れの全てを消し去ってしまう清涼な声色。夢で見るあの女の声が予期せず鼓膜を突いた。確かにそれだ。
これが脳裏に生まれた草原の光景と合わさって、俺の覚束ない頭の中で新たな何かを作り出して行く。形容できない。
知らない夢。知らない記憶か? 見た事がない。今際の際の幻覚なのか……?。
シルバーガーディン達が飛び掛かり、その距離は間近で危機の最中である事は認識している。しかし俺の思考は不思議と目の前の状況を無視して新たに生まれた夢の一部を追っていた。
……魔法使い? 戦士? 分からないが色々な物を内包した白い装いに見える。顔は塗り潰されている。
その女が受け入れるかの様に腕を広げて——口を開いた。
『
シルバーガーディンに食い付かれる間際。唐突に地面を貫く透明な結晶がその顎元を吹き飛ばした。
それだけに留まらず、白光りする角柱状のクリスタルはこの空間の全てを侵食するかの如く素早く生え並び、道中のシルバーガーディンを意に介さず続々とその歯牙にかけて行く。
俺はただ呆然とその様子を眺めていた。理知を超えた事態は立ち尽くすしかないのだと初めて思い知らされた。
理解不能。この事象に対して言える事はその四文字意外に無い。
やがてクリスタルの増殖が終わる頃には此処に住むシルバーガーディンの恐らく全てが結晶に体を取られ動きを封じられていた。無理に動かそうと体をジタバタさせる様子は、揃ったクリスタルの光景と合わさって不気味で背筋を震えさせる不快さを孕んでいる。
「助けられたのか……? 俺は」
食われる気はない。負ける気はない。でも死ぬのであれば、それは冒険者として。
痛みすら忘れそうな程に心から湧き上がった感情は——抑えきれない憤怒のそれだった。
よく分からないものが、よく分からない内に、俺の思いや何もかもを無視して窮地を退かせた。勝手に解決したつもりで我が物顔であそこに居座っている。何様のつもりだ、何の権利があって……。
あまりに余る怒りは考えをも詰まらせる。侮辱するにも限度があると、打ち震える全身は熱を帯びていた。
「ふざけるんじゃねぇ!! 俺が頼んでもいない事を! 俺が願っていない事を! 何茶々入れてんだ助けたつもりか!? 邪魔するなよ! 何で邪魔するんだ!? 俺は冒険者だ! いざという時の覚悟だってしてる!!」
反響する絶叫に応えは返ってこない。
今起きた事が自然現象のあれこれではなく、確かに意思を持って俺を助けるのだと、勝手な考えで行われた事は明白だった。
それを表すかの様に俺の周りの地面だけはクリスタルが避けているから。
許し難い妨害だった。到底看過出来ない、土足で踏み荒らす行い。
怒りの発露をそのままに、更に言葉を繋げようとすると、喉に絡む咳に害され口の中の物を吐き出した。
イカれた肺にすら気分を害す。クソッ納得いかない。
「ハァッ、ハッ」
息の苦しさが増した気がする。声を出そうにも出ない。
そのまま力が抜け意図せず脱力した体は腰を落とし、伴って土塊だった地面が急に結晶一色となる。
驚く間も無く砕けると、また宙に投げ出され自然落下のまま暗闇の中へ。真っ直ぐに落ち続けた。
何処へ向かっている。今度は俺の何を邪魔立てしようと言うんだ。
苦しい最中でも意識は途絶えない。ただただ怒りだけが、この不可思議な流れの中で頼りになる道標だった。
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