第16話 虎口で無為に帰す


 まるで踏み潰すかのように向かって来た複数体のシルバーガーディンを避ける。そして避けた先からも目の前に現れるので左に飛び込み、そのまま目前の小さめなシルバーガーディンの足を踏み台に跳ねる。

 雷撃は他のシルバーガーディンが壁となり受けてくれたおかげで届かない。しかし伝播するように他の個体もとぐろを巻き、帯電を始めたのが見えた。

 どうする!? 行き場が無いし、この数はあまりにも手が余る!。

 無視出来ない痛みは奥歯を食い締めて耐えるが、縦横無尽に躱して行くのも限度がある。


 このまま突破口が見つからなければ何れ対処出来なくなる。何か、何か手を——。

 そう考えた矢先足下の何かにつっかえて体のバランスが崩れる。

 体は保たせられず転倒すると、その衝撃は針の筵に突っ込ませたような痛みとなって右腕を伝う。

「ぐッ!」

 ほら、言わんこっちゃない……!

 堪えて表を上げると、目と鼻の先にシルバーガーディンの顔があった。間髪置かずそいつに魔力銃の引き金を引く。

 そして体を持って行かれる強い反動に後ろへ転け、状況くらい選べ馬鹿と心の中で悪態を吐いた。

 

 体を持ち上げると途端に背中を引っ張る何かに引き摺られ……いや何かと言ってもシルバーガーディンしか居ないんだが。

 そのまま宙に浮くと俺の目にはシルバーガーディンの持ち上がった体が見えた。偶然にも牙にバッグが引っ掛かったのだろう。

 そのまま動き回るシルバーガーディンに連れられ、上下左右振り乱し俺の体は翻弄された。

 逃げ出そうにも思うように行かない。何とか耐えていると繊維を裂く音が僅かに聞こえ始めた。

 連続して鳴って、俺の体は徐々に位置を下げる。


 鋭い牙だからバッグが破けたらしい。中には必需品が詰まっている……。

 俺の体がガクンと一段大きく下がると、そのまま外れたのか地面に舞い戻った。辛うじて足で受けると重力が骨身に染みる。

 またもや突貫して来る二匹のシルバーガーディンを認識し俺自身も走り出すと、ガランゴロンと物の落ちる音が響き背中も少しだけ軽くなった。恐らく保存食だ。あれだけ苦労したのに。

 先程牙に引っ掛かっていた方のシルバーガーディンにそのまま突撃し、体を無造作に絡み合わせ得体の知れない悍ましい造形を作り出す。


 此処は地獄か。俺はベルギリオンと間違えてその入り口にでも入ってしまったのか。

 冒険に打ち震えていた心が、恐怖の二文字に侵食されて行く。清水に混じろうとするヘドロを止める為に、重ねた焦りの色に塗り固められる。

 一瞬たりとも気が抜けず休む間もない中で、やがて目の前に巨大な壁が立ちはだかった。

 これ以上前には進めない。振り返ると前方左右を取り囲むようにしてシルバーガーディンがこちらを威嚇していた。

 逃げ場が無くなった。……此処が俺の限界なのか。

 

 足を止めた途端に全身から吹いた汗が、絞り上げパンパンに膨らむ肺が、心臓の超鼓動と加速する血の波が、それ等がやけに気になった。

 死の間際にいるほど生きている実感が持てる。冒険に惹きつけられる者は大なり小なりそれを求めている。

 でも少し、ほんの少しだけ、くたびれたな……。頭の中が一瞬空っぽになると、何故かよく知った声が脳裏に流れた。

 「立てないなら無理しないほうが良いよ。そのままで居てくれたら私達が戦いやすいから」

 シュバリエの少し内気な小さい声だ。内側からカッと燃えるように熱くなる。

 

 あのパーティから出て1人でやりたいと、そう心から思わせてくれた始まり。これもダンジョン内での出来事だったな。

 俺は体に喝を入れ、垂れていた左腕を持ち上げる。

 冒険の中で死んでしまうのなら後悔は無いが、こんな祈りを捧げるような雰囲気は願い下げだ。最後まで突き進んで、笑い終わってこその冒険者だろう。

 血が抜けたせいか後ろ向きになっていた。こんなの俺らしくない。まだ弾だって尽きちゃいないんだ。

 にじり寄って来るシルバーガーディンの正面一体に銃口を向ける。


 背中を壁に押し当て、強力な反動に対しての準備は固めた。

 ランダムで強力な迷惑すぎる一撃は、正に今突破口となる筈だ。

 来い! と覚悟を持って引き金を強く引いた。

 しかし意気込みとは裏腹に、何か引っ掛かるような感覚を与えて引き切れない。

「そんなのありかよ」

 カチ、カチ、と空虚に。それはないだろうと、俺は諦めずに力を込め続ける。

 アーデンツァ頼む! 大事な場面なんだよ! 


 何度かやっているとその甲斐はあった。引き金はいつもと同じように沈み込み、火薬と共に弾を押し出した。

 反動は慣れたもの……だった筈なんだが。銃口から咲かせる火花は無く、代わりに銃身全てを真っ赤な罅割れが走り、爆ぜ崩れる金属の破片がその熱量の力を受け高速に散らばる。

 暴発だ。片腕は動かすこともままならないので、俺はその迫り来る散弾をモロに全身で浴びた。

 焼けつける異物が体の至る所で存在感を露わにする。


「————」

 声は出ず息が詰まる。頭の中で巡ったのは、この事象に対する疑問の雨あられ。

 スキルじゃなかったのか。やはり壊れていた? 目を瞑ってでも組み立てられるのだから見逃さない。ならなんなんだ? どうして魔力銃が破損するんだ。

 俺は土の壁に背中を寄り掛からせ、そのままズルズルと腰を付けた。冷んやりとした土の感触が続く。

 特に強い左目の激痛と視界の無さが、奮い立った体から気力を奪い去っていく。

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