第15話 虫の巣


 途端に轟く〈雷伝〉の魔法が発動し、背を向けてでも分かる熱量と鞭を打つかの如くあべこべな閃光が焼いた。

 目を瞑っていても分かる光はたとえ攻撃を受けてしまっても映す訳にいかない。魔物の位置を見失うどころか下手すれば物理的に失明する。

 祈りながらその場に止まるが、運良く俺だけ逃してくれるなんて甘い展開は無いと今までの経験で知り得ている。

 俺の全身に着た防具は魔法の耐性を持ち合わせている。なのでこのまま死ぬ事はないが、途轍もなく痛い目に遭う。

 覚悟を済ませた後にその凶雷が俺の体を襲った。

 

「が————ッ!」

 言葉にならない全身を押し固める痺れ。そして内部の神経を丁寧に伝う焼け爛れるような痛み。

 体の自由が効かずそのまま地面に吸い寄せられた。

 雷伝が治まった後には漂う焼け焦げた匂いだけを残し、俺はそれを感じつつ肺に何度も空気を送る。

 痛い……痛いが、このままだと食われる、負ける——。

 強張る全身に喝を入れ無理矢理体を起こし、握ったままの愛銃を静かに向け直す。

 シルバーガーディンは未だ巻いたままの状態だ。痺れに震える指先をなんとか曲げて、銃撃がその目標に飛んで行く。


 目を閉じていたのは正解だ。でなければ何処にいるかも分からなくなっていただろう。

 何度と続ける内にシルバーガーディンの足先の一つが飛び散った。でもこの撃ち放題のチャンスを前にして、あの強力な一撃は姿を見せなかった。

 あれだけ懸念していたのに今は頼ってる。都合の良い考え方だと思う。

 そしてまたシルバーガーディンが輝きを纏い始めた。

 魔法を使うのに躊躇しないのは羨ましいよ。そう思った矢先、まるで大地震を思わせる足下を取る揺れが襲った。


「な、なんだ!?」

 素っ頓狂な声を上げて、俺は先程稲妻の奔った焦げ跡に亀裂が広がっている事に気付いた。

 それはこの根の全体に波及している。間髪入れずまるで砕けるように根が崩壊すると、俺はその下に空いている空間に投げ出された。

 土の中じゃない!? 枯れた根なのかここは!。

 シルバーガーディンはそのタイミングで魔法を放ったようで、何処にも届かない雷伝が分かりやすい明かりとなって先に落ちていった。

 完全に体の自由が戻っていない。受け身が、取れない……!。

 

 シルバーガーディンとは離れた位置に、右腕を下にする形で落下した。

「ぐ、あああぁぁぁぁ……」

 右肩からその手までをそっくりそのまま激痛が襲った。右腕を自由に動かせず、見れば普通なら曲がらない方向にひしゃげている。

 動かそうとすれば脳を鷲掴みにされる、耐え難い突き刺すような痛みの脈動に苛まれた。

 そしてシルバーガーディンの光を一瞬見てしまったせいか、暗闇に対する視力が若干落ちていた。

 俺は手を離してしまった魔力銃を探す為に辺りを見回して、辛うじてそれらしき物を見つけ左手に構える。

 

 痛みも酷いがそれ以上に血の気が引いて吐き気を催す。なんとか飲み込みまだ終わっていない敵との戦いに備える。

 ここまでの怪我を負うのは初めてだな……。前のパーティに所属していた頃は魔物に腕を直線に切り裂かれたけど比べ物にならない。

 この極限、これこそが冒険者なんだよ。俺は今心から冒険者の道を歩んでいる……!。

 大怪我で頭がおかしくなったのか、妙に冴え渡る脳内がこの現状を楽しいと認識していた。

 周囲に気配は感じられない。というよりも何だか妙に広い空間なようで、落下音の反響も勘定に入れるとサイズは相当であり知覚するのに難がある。

 

 ベルギリオンの巨種じゃないのは確かである。こんな近場には存在しない。

 他にも気になる点があるのだ。先程から小さな物音が彼方此方から無作為に聞こえ、これが俺の神経を逆撫でする。

 眩んだ瞳は段々と戻ってある程度状況の精査を出来るくらいにはなった。それでも発光苔の無い此処での視界の範囲はかなり狭い。

 シルバーガーディンが何処からやってくるのか。逃げ道は豊富でも姿が見えないとどうしようもない。

 耳が頼りであり音は間違いなく情報を与える。来るなら来いよと、耳に注力する。


 痛みは依然として思考の邪魔立てとなるが、怪我如きで戦意喪失出来るほど緩い鍛錬を積んで来た訳じゃない。

 冒険だ……。冒険冒険冒険冒険。

 口角が上がるのを感じながら、静かに周囲を見渡した。

 そして不意に、騒めく白明かりが背後で俺の影を正面に落とした。

「居たなぁ……!」

 振り向いて銃口を真っ直ぐ伸ばす。右目のみを開けて、もう片目は……。

 シルバーガーディンの魔法待機の状態によって照らされた辺りの場景。俺は今し方考えていた瞳を瞑る考えが飛び、その背筋を凍らせるものを網膜に映した。


「なんだよ、これ……」

 一面の土壁を、この立つ地面にさえも、あらぬ限りに埋め尽くすシルバーガーディンの群れがそこにはあった。

 大中小微妙に異なる姿形がその全身を細かく微動させる。顔の向きは統一されていた。俺という部外者に対して。

 思い違いをしていた。逃げ場なんて何処にも——。

「巣なんか作らないだろう!? お前らは!」

 叫ぶのと同時に雷伝の魔法が駆け巡った。

 その衝撃と轟く雷鳴はシルバーガーディン達を慌てふためかせ、焦りのままに這いずり地獄めいた様相を作り上げる。

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