第14話 外れに外れ


 ベルギリオンの中は空間が広く、壁面から地面の所々に苔を密集させ小さな羽虫が舞っていた。

 日の光が入り口から差すのである一定までは視界に入るが、その先は淡く青色に発光する苔の明かりが頼りとなる。

 目が慣れない内は速度を落とした方が良さそうだ。構造がどうなっているのか分からないので、急な下り道があるとしたら足を踏み外す可能性も拭えない。

 歩幅を狭めながら虫の様子を一瞥すると、分かりやすく俺から離れていて薬品の効き目はバッチリだと思った。

 

 外の光が完全に途絶えた辺りで俺は暗闇にのみ視線を置いた。発光苔を芯で捉えると暗さが見えなくなってしまうから。

 それでも所かしこに茂っているので限界はあるが。

 暫く道なりに進んで行ってある程度慣れた頃、俺の目の前に二つに分かれる岐路が現れた。

 両側を軽く覗いてみると左側は左巻きに、右側は右巻きに下階へと続き、どちらも地上と並行にあるこの階から一つ下に降りる道であった。

 本来なら悩むべき場面なんだろうけど、正解かどうかなんて行って初めて分かるのだからさっさと決めた方が良い。


 俺は右側の道を選んで進む。

 階段なんて便利な代物を自然が作り出す訳はないので、根の凸凹とした窪みや、垂れ下がる蔦の具合を見つつ手に巻いてゆっくりと降った。苔は案外滑りやすいので乗る事はオススメしない。

 徐々に空間が狭まって俺1人分くらいの広さになると途端に窮屈さが生まれる。偶にこういった場所で精神に支障を来たす者が居るらしいが、俺にはその感覚は分からなかった。

 横道に空いた小さい穴が目に止まったのでその中を覗くとまた広い根の中に出るようだった。

 荷物を背負ったままでは入れないので先に押し込み落下させ、続いて足が最初に着くように座り込んだ状態から俺自体もその中へ向かう。


「よっ……と」

 少し体を取られつつ足を付けた。それなりに高さがあるので戻る時には多少苦労しそうだと、クリアに至る前提で考えられるくらい冷静に思うのだった。

 荷物を背負い直しまた歩き出そうとした時。足の裏に微かに感じた振動に俺は動きを一瞬止める。

 気のせいか……? いや、気のせいじゃないな。

 次第に大きく激しくなる横揺れに伴って、何かが地面を擦り上げる連続した足音が耳を伝う。

 俺は肩に掛けていた魔力銃を取り出して構え、まだ見ぬ暗闇の先へ銃口を当てる。

 

 明らかにこちらを感知したかの様な動きに聞こえる。間違いなく魔物だろうが、俺の振り撒いた薬品を嗅ぎ付けば退散する筈だ。

 しかし念の為銃の用意はしていた方が良い。自然に対して確証なんて得られないのだから。

 更なる詳細を与える足音は、変に均等であり多足的な連なる様相を想像させた。

 一つだけ見当が付いた。序盤でそのタイプの魔物なら間違いなく去って行く。

 向かって来ていた魔物の姿が、発光苔の僅かな灯りに照らされて姿を見せた。


 節で別れた丸太の様に長い胴体にこれでもかと伸びた細い足が蠢く。頭部には四つの玉の様な目に、同じく四つの鎌の如く鋭さがある牙が打ち鳴らす。

 体色は暗いせいか影のある銀色に思える。威嚇なのか持ち上げた上半身の腹の一部は黒い。

「シルバーガーディンか!」

 俺は声を上げながら本能的に引き金を引いた。

 体の全部が持って行かれるという程ではないけど、それでも普段よりは強い反動を抑え、銃弾はシルバーガーディンの胴体に掠った。

 その威力に驚いたのか相手は一つ後ろに下がる。


 強化される銃の威力に幅があるのか……? っていやいや、そんな事はどうでも良い。あれは俺の想像していた魔物と随分違う。

 フォルムは似ているけど体長は二分の一くらいで茶色がかっている姿を想像していた。

 本来ならもっと下に、なんならベルギリオンの巨種付近で出るような魔物がシルバーガーディンだ。それがどうしてこんな場所に。

 ……考えていても仕方ないか。一先ず対処をしなければ。

 弾が惜しい心を留め銃撃を2回放つ。

 1発はまた胴体を擦り、もう1発は中心付近に弾けた。


 暗闇と魔物の独特な形状。これが狙いを甘くしているようだ。

 薬品で尻尾巻くレベルの魔物ではなく、周囲に逃げ場も無ければ後ろは壁。登る暇なんてある訳がない。

 なので絶対に近づけてはいけない。それを許せば即座に体を巻き取られる。虫系の魔物は知能が低い分目的に素直だ。ソードベグルの時のように油断は見せないだろう。

 俺は動きを見せたシルバーガーディンにまた牽制する意図で2発放つと、後ろの1発が反動大きく取られ背中から落ちる。


 すぐさま体勢を直し確認する。銃弾の向かった先は分からないが、傷一つなく体の位置が変わっていたので避けられた臭い。

 未だ膠着状態である中で、シルバーガーディンが今度は動いた。徐にその鈍重な長い体を巻いてとぐろを作る。

 こんな狭い場所で、逃げ場がない中で……不味い。

 強力な1発を願いつつ銃弾を放つが、それは通常程度の威力だった。その同時にシルバーガーディンは体全てに迸る稲光を纏う。

 魔法が来る!。俺は目元を覆いシルバーガーディンに対して背中を向けた。

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