第13話 いざダンジョンへ


 訳はわからないまま、俺はしこりの残る心持ちで狩った魔物の処理を行った。

 ブルーラバット何体か分の肉が取れたので、後もう一体同じサイズの魔物を狩れたら補充は充分だ。

 ただコンディションは十分かと言われたらそうでもない。このスキルか不具合かどうか分からないあやふやな状態は気掛かりだ。

 俺は先程と同じようなやり方でまた魔物を引き寄せ、そして放った弾丸は通常の威力であった為何発か続けて気絶させた。


 1発1発に気が抜けない。またいつ強力な弾が出るのか。

 一回は偶然でも二回起これば必然だ。銃に対しての影響はやはり無いので、これは何かしらのスキルによる作用だと見るのが順当ではある。

 しかしスキル……それもダンジョンに挑むこんなタイミングで。それは有り得る事なんだろうか。

 色々と悩みながら今仕留めた魔物の血抜きも終え、俺は2体の魔物を一体づつ引き摺り仮拠点に戻った。

 流石に重かったが何とか運んで来れた。これからの調理の工程はブルーラバットと同じだ。


 俺は一頻り作業に没頭し、そして残る空瓶は0となった。保存食の補充を遂に終える。

 飲んだり使ったりで水も結構消費してしまったからまた汲みに行き、残り物や保存に向かない内臓の部位は焼いて食し腹も満たされた。

 これでダンジョン突入の段に入れる。選択肢は二つで今日このまま行くか、明日魔力の回復を待ってから行くか。

 体の調子は良いので勢いに任せてしまいたくなるが、ここは確りと考えて結論を出さなきゃならない場面だ。妥協したり舐めてかかると必ずしっぺ返しがある。

 

 ベルギリオン内部の構造はかなり入り組んでいる。地上部の入り口から入って空洞状の木の根を辿り、地下に突き進んでいくルートがよく知られている。

 魔物は這う虫のタイプが多く、これは下に向かう程数も強さも増す。ベルギリオンの木の根を食料としているのか、木自体の再生力と合わせてルートが日を置く毎に変化するのだ。

 難攻不落とされる一つの要因。事前知識が役に立たず、勘と経験を要求される自然の迷宮。

 迷ってしまい道が分からず命尽き果てる間際、他の冒険者に助けられたという話もある。これは本にされていて結構有名だ。


 俺の中で最大のネックは道のみだ。ここの判断をどう取るかでベルギリオンの養分となるか真の冒険者となれるかが決まる。

 正直弾数30発はベルギリオン内部に於いてかなり心許ないので……やっぱり今日ではなく明日が良いか。と一瞬思考が別の方向へ逸れた。

 戻すと、俺はここぞという時の為に魔力を温存する意味合いも込めて別の手段を予め用意してきたのだ。

 それを使えば接敵の回数が少なく済むだろう。そうすれば心の余裕も生まれる。慌てず慎重に進んで、上手くいけば最下層のゴール〈ベルギリオンの巨種〉に辿り着ける。


 用意周到に手段を講じればたとえ力量として劣っていても攻略は不可能じゃない。必ずその証明となってみせる。

 フラッシュバックするように湧き上がった過去の忌まわしい記憶は、そのまま苛立ちとなって俺の頭を埋め尽くした。

 ……絶対にやってやるからな。俺は思わず舌打ちを鳴らす。

 まだ日は出ているし早いけどもう寝よう。きちんと休息出来る最後の機会だと考えると多めに取ってバチは当たらない。

 余裕を蝕む記憶はなるべく抑えないと、今ある現実に取って食われる。


 テントの中で横になって、いざ寝るぞと決めると睡魔が襲って来た。

 今までの旅の中で疲れない方が無理があると思うけど、これも肉体に自信のある冒険者にしてみれば束の間の運動。何というか高い壁を感じざるを得ない。

 出来る事出来ない事を分け、自分の強みで戦って行くだけだが、羨ましさは拭えない。

 次第に体を優しく包み込む様な耐え難い安らぎが襲い、これを感じるともう意識は遠のいて行く。

 悩ましい事はあるものの、このまま明日の朝まで長く眠れたら良いが。

 おやすみと誰に言うでもない言葉が脳裏に浮かんだ。


◇◇◇◇




 平安平野3日目の目覚めは、空が明るく輝いて少しの暑さを感じる頃のふとした最中だった。

 動き出してみれば凝り固まった全身の凡ゆる関節が枝を折った様に鳴り、それを軽く解してから俺は仮拠点の撤収を始める。

 と言っても広げたテントくらいなもので他は片付けが済んでいる。時間は掛からないだろう。

 体の調子は着いた当初と比べるとすこぶる良い。関節も筋肉も何もかもに痛みもなく元気だ。

 久々にこんな爽快な朝を迎えている。正にダンジョン日和と言った所で、俺の知らない何かが後押ししてくれているのだと錯覚するくらいだ。


 片付けが終わりバッグ一つになると、俺は覚悟を決め背負い歩き出す。

 落界樹ベルギリオンの入り口は目に見える位置にある。

 雪原地帯に向けた分厚い幹の一箇所に、まるで大口を開ける様に存在しているのだ。ずっとそこにあったのだけど、敢えてこの時まで見ないようにしていた。

 何故外から通じる道があるのか。生き物を食らう為なのか若しくは他に意図があるのか、そんな疑問はあるが答えが出ないので無駄だ。

 この距離を縮める毎にひしひしと全身を舐る圧迫感に比べたらな。


 俺は入り口の前に立つと変に汗をかいて息も苦しく切らせた。疲れている訳じゃないのに、ベルギリオンの圧倒的な存在感がそうさせたのだ。

 思わず口角が上擦った。冒険者としての歴史は此処から積み重ねて行くのだと。

 俺は上着のポケットの中から一つの小瓶を取り出した。蓋を開けて中の液体を頭から被る。

 肌に触れると凍りつく錯覚をもたらす程の清涼。そして鼻を突き刺す強烈な香りに少し涙目になった。

 これが予め用意した手段だ。虫系の魔物が大の苦手とする匂いを振り撒いて中を進む。効果は折り紙付き。


 そして魔力銃を取り出して、念の為1発だけ空に向かって撃ち放った。

 銃撃に変化は在らず、時たまに起きる暴発に注意すれば取り敢えず使っていけるか。

 最大の戦力に不確定要素が付き纏うのは甚だ遺憾であるが、壊れていないのはもう何度も確認を重ねた上で納得している。

 予定通りに行くのは稀。魔力の消費は同程度でたまに強化してくれる便利な何かだとプラスに考えよう。

 オクトリアを一撃で屠った力が役に立たない訳ないのだから。

 俺は生唾を飲み込んで、ベルギリオンの蔦の垂れた入り口から内部に足を踏み入れた。

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