第11話 雨粒と目覚め
◇◇◇◇
「————うッ……」
俺の頰だろうか。急に冷んやりとした一粒の感覚に、暗闇の中にいた視界がぼんやりとしつつ徐々にクリアになっていく。
体は……痛くない。何だ? 俺は一体何をしていたんだっけ。
記憶が定まらないまま上半身を持ち上げると、また二粒、今度は頭に感触があった。
空に目をやると曇り空だ。そうか、雨が降って来ているのか。
周囲に目をやると此処は平野だ。そして俺の手には……大事にしている魔力銃が固く握られていた。
「そうだ……! ソードベグルは、ファレードはどうなった!」
何があったのか思い出した。ソードベグルとの対決に勝利した後、雪原地帯の虹銀鳥に獲物を横取りされた。
立ち向かったが力及ばなかった。起こす強風に体を持って行かれ、情けなくもそのまま意識を失っていたようだ。
今この場にファレードの姿は無い。勿論ソードベグルの亡骸も。その現実がどっと粘着質な疲れの塊となって俺の肩を重く押さえつけた。
勝った。俺は確かに勝ったのに……。これじゃ台無しだ。
流石に意気消沈だ。落ち込むよ。これからどうするか……。あっ、保存食の補充していたんだっけな。
やるべき事も思い出すと、見計らったかのように降り始めた雨足が強さを増した。
一旦テントに帰ろう。遠目だけど損傷は無く、そこは助かった。
体を持ち上げると妙に軽かった。動かす両足もなんだか俺の体じゃ無いみたいだ。
気絶の余波は相当デカいらしい。……というかあの泥棒、俺を生かしたまま飛び去ったんだな。どれだけ腹を空かせていたのやら。
作り上げた拠点に戻って濡れ始めたバッグと肉を回収しテントに押し込める。俺自身もその中に混ざり横になった。
残念だ。どうにもこの悔しさは払拭出来るものじゃないな……。
調子は戻らず、テントの中から外を呆っと音の激しくなった外を見つめた。
……俺は間違っていない筈だ。馬鹿にされない確りとした冒険者になる為に此処に来た事も、あのソードベグルに挑んだ事も。
奪われたとしても、手負いだったとしても、俺は勝って実力をこの世に示す事は出来た。
証拠という物は無いので他者に理解を得られるとは思えないけど、これは俺だけが心に刻みつければ良いのだ。限界はまだ先にあると知れたじゃないか。
……いや、やっぱり戦利品が奪われたのはどうしたって悔しいわ。正直な感想。キツ過ぎる。
顔を落として、誤魔化しきれない悔しさの坩堝をの中でどうにか線引き出来ないかと頭を悩ませた。
解決しないまま面を上げると、俺の視界に先程までは居なかった一匹の魔物が小さく座っていた。
ブルーラバットだった。取り逃がした奴か、それとも離れた所から来たのか。
それはずぶ濡れになって物欲しそうな顔を俺に向け続けた。……真後ろにはお前と同族の肉が焼かれるのを待っているんだが。
それでも心持ちとしてはあのままにしておけないと、そういう偽善のようなものもあった。
「来いよ」
そしてとうとう見ていられなくなり、俺はブルーラバットに声を掛けて手招き。
意味など分からないだろうにそのブルーラバットは素早い動きでテントの中へ潜り込んだ。
この個体は別に人懐っこいとか、そういう個性がある訳でも無いだろう。それでも生きる為には冷えた体をどうにかするしかなく、その方法として明確な敵である俺の体にも寄せてくる。
「うわっ」
ブルーラバットは隣で足を畳む前に付いた水滴を体を振動させて払った。こちらにも飛んで変な声が出た。
ついさっきまで食料として見ていた生き物と肩を並べるのは何だか不思議な気分だった。
ただ2人でじっとその雨に耐え続けた。……海側が魔物の数は多いから、次からそっちで食料を得ようか。
ただ複数体がまとめて襲い掛かるし、ソードベグル程でないにしろかなりの強さがある。多対一はなるべく避けないと直ぐに弾は尽きてしまう。
「どうするかな……」
この狂いはダンジョン攻略の常だ。何回かに一度くらいはスムーズに行くけど、概ね最後にギルドで話したキュレインとの会話そのままだな。
暫くすると雨足が次第に治って、曇り空のヒビを抜け出した空の色が見え始めた。
全体的に薄オレンジに染まっているのでもう夕方の頃合いだろうか。そこまで意識は長く失わなかったらしいな。
魔力銃の手入れや火の準備をしようかと体を動かすと、隣にいたブルーラバットもこのテントから飛び出して振り返る事なくその姿を遠くに消し去った。
挨拶も無しか。まぁ、同族仕留めてるからそんなもんか。
特段思う事もなくテントの中で色々と用意を始める。
俺にとってのあのパーティはこれと同じだ。温情に任せた雨宿りの、短い時間の出来事でしかない。
吹けば消えるような火の粉であり、瓦解しやすいとても不安定な関係性だ。
なまじ積み重ねてしまったものがあるからこそ怒りや恥といった感情にも苛まれてしまっている。本来ならもっと早くにパーティから抜けるべきだったのだ。
そして見合った実力内で組み直す必要があった。甘んじて受け入れてしまったのは俺の落ち度だ。
今回覚悟を決めて1人でのダンジョン攻略を始めて、過酷さや力量の違いに困る事はあれど冒険者として充実した心を感じている。
この開放感を知ってしまった以上もう二度とパーティは組めない。そう思うほどの体験を俺は得ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます