第10話 決別


 キュレインは音を立てながら豪快にスープを啜り、追い立てられる顔付きでパンを貪っていく。

 よくもまぁ食べる物だと俺は呆気に取られていた。

「私から言わせたらまだまだ早いと思うわベルギリオン。戦う為の基礎も殆ど練れてないんでしょ? 予定通りにダンジョン攻略が進むなんて稀なんだから、もう少し強くなってからでも良いんじゃない」

 口に物を詰めながら途切れ途切れにそう語った。

 多分、10人に聞いて10人が反対する現状が俺の置かれている所なのだろう。力不足であるのは百も承知だ。

 そもそも言われて諦められるのなら冒険者という職業をやろうとは思わない。危険と窮地を愛する仕事なんだから。


 俺は徐に溜息を吐いた。会話するつもりはなかったのに、なんだかんだ話し込んでしまったなと。

「……仮に野垂れ死ぬのだとしても、下を見て安心する日々はもう要らない。俺は俺の為にベルギリオンに向かう」

「ならもう何も言う事はないわ。そもそも縛られるのが嫌な奴らが集まるのが冒険者な訳だしね。覚悟してるなら野暮だし、命の使い方は自分で決めたいし」

 後の会話が止んでキュレインは黙って食事を続けるのだった。

 俺が取った席であるのに、妙に居辛い空気になっているのは少し納得いかない。


 暫くすると皿の中身は綺麗さっぱりこの女の胃の中へ収まった。

「ゲフ……ごちそうさま」

 息を切らせながら若干青い顔になって終わりを告げる。背もたれに体を預け死に体だ。

 苦しむまで詰め込むか普通。力量があっても馬鹿な女に違いはないな。

 嫌いだけどまぁ、時間潰しにはなったか。行くかと気合いを入れて立ち上がり荷物を背負う。

 この席に座っていると入り口の辺りがよく見える。必然的に誰がやって来たのかも分かる。

 パーティメンバーの3人が姿を現したのだ。


 1人は黒いローブに包んだ、ダンジョンの遺物であるガラスの様に透明な杖を携えた魔法使い、サラリーム。本名は嫌いだから偽名を名乗っていると言っていたっけ。鋭い眼光は責め立てている様で苦手だった。

 1人は背の低い短剣を二対腰に据えた女の子、シュバリエ・トロンボート。両足首から下に装着する形の、移動速度を倍化させるダンジョンの遺物を手に入れている。心を抉る言葉はこいつが最多だな。

 そして最後の1人。このパーティのリーダーで、アガストロダイン・ロール・エッジブレイソー。名前が長い。

 全身を強固な鎧で覆っていて、中の姿は一度も目にした事がない。遺物も持ってはいるらしいがそれが何なのかを教えて貰えるほどの仲では無いな。言葉少なく人物像も不明瞭で謎が多く、最も信用ならない相手だった。

 

 俺はポケットの中の紙切れを一枚取り出しながら3人の下へと向かう。後ろでキュレインが何か言っているようだったが内容は耳に入らなかった。

 最中に気づかれると変に冷えついた空気が流れた。しかし怖気付いていられない。俺は彼らの前に立った。

「——クレイド・タールロック。意思は変わらないのか?」

「変わらない」

 アガストロダインの重苦しい言葉が俺にのしかかった。そして続いた溜息は小さかったものの俺の耳は確かにそれを聞いた。

 喧嘩の日に最初に殴り掛かったが、こいつの外装で俺の手を痛めるだけだったな。


「笑ったのは謝ります。でも、パーティを抜けるというのは撤回しなさい。仲間でしょう?」

「仲間じゃないだろう。ただの行きずりだ」

 サラリームは怒っているのか不満なのか分からない形相をしていた。怖過ぎて普段なら目を合わせられないが、今日はそんな事言っていられない。

「そ、その言い方はあんまりだよ……。お友達になれたと思ってたから、強くなくってもパーティ組み続けたんだよ」

 シュバリエは毒吐きつつもそう言った。まぁ、今回は俺の方が毒強めか。

「そこに関しては感謝してるよ。だけどもう潮時なんだ。俺は俺だけでやらなきゃいけないし、他人の顔を窺って冒険者するのも飽き飽きだ」

 俺がそう口にすると3人は押し黙ってしまった。


「あーらまた喧嘩? 荷役君弱いんだから、身の程ってものをちゃんと知っておいたほうが良いわよー?」

 そしてふと通りすがる、肌身の多くを出した褐色の冒険者。その人が口にした。

「黙れ。私達の問題に口を挟むな」

「こわーい。こわーい」

 リーダーが一蹴するもまるで感情の乗らない言葉をリピートして去って行った。

 俺は手に持つ折り畳んだ紙切れを開いて、その脱退届に拇印と名前が記されている事を再度確認して突き出した。

「これは届出だ。リーダーのあんたが署名して提出すれば俺の用は全て済む」


 その紙を数秒見つめて、リーダーは静かに受け取った。

 俺は3人を避けてこの場を後にしようと出入り口に足を向けると、シュバリエとサラリームがわざとらしく立ち塞がる。

「行かせないよ。……何でよりにもよって落界樹ベルギリオンなの? 攻略難易度Sで難攻不落。行ける所まで行っても旨みもないんだよ。クレイドじゃ難しいよ」

「自ら命を投げ出す様なものです。もう少し考えて事に当たる人と思っていましたが、買い被りすぎていたのでしょうかね」

 何と言われようが俺の決定は覆らない。こうやって止められる現状を変えたいが為の行動なんだから。


「俺は冒険者だ。……邪魔をするな」

 邪魔された苛立ちをぶつけるようにそう言うと、急にしおらしくなった2人は苦虫を噛み潰した顔で道を開けた。

 罪悪感が無いわけで無いものの、しかしそれも足を止める理由にはならない。

「すぐ逃げ帰るに10レック。……お前1人では絶対に無理だ。荷役しか務まらないお前ではな」

 出入り口の取手を掴んだ辺りで、そうリーダーのハッキリとした声色が飛んできた。

「絶対に見返してやるからな」

 瞬間沸騰しかけた感情を抑え俺は独り言のように小さく言葉を漏らすと、そのままこのギルドを後にするのだった。

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