第9話 ギルド


 溺れた者達はこちらの体に触れる事は基本しない。施しを与えた時か、なり始めの時くらいだろう。

 屈強な冒険者の高い衣服に汚れた手を伸ばそうものならどうなるかは、その身で痛いほど知る事になる。

 彼らを知らん顔のまま通り過ぎて行って、やがて目指していた横に広い家屋の入り口の前に辿り着いた。

 両開きの金属製の丸い取手の付いた扉が目の前に。その上にはでかでかと看板が打ち付けてある。

 冒険者ギルド、稼ぎ頭ハンドレッド。この馬鹿でかい家屋を維持する此処は、冒険者を生業にする者達の第二の巣である。


 ……さぁ、気合いを入れるぞ。真に冒険者としての門出になる日なのだから。

 気持ちを固めると取手を引いて、その中に足を踏み入れた。

 中は土間が少し続き途中から木板の張られた四段の階段に変わる。所々見受けられる補修跡はこのギルドの歴史を感じられて良いと思う。

 俺は階段を上がって行くと、その真正面に丸机と椅子が合わせて幾つも並ぶ様子を目に写した。

 ここもまた人々の埋め尽くす熱気が広がっていた。

 一つ奥はカウンターとなって隔てており、ギルドの職員は忙しなく動き回り並ぶ冒険者の対応に追われている。

 

 まだパーティメンバーは来ていないようだし、一旦腹ごしらえでもしておこうかと、俺は左の併設された食堂スペースへと進んだ。

 こちらも作りとしては変わらずカウンターを仕切にして対応する形だ。変わりなく人間の行列がそこに出来ている。

 俺は無理くり体を捩じ込んで、ポケットの中の銀銭を2枚取り出し、ちょうど見えた奥の人へ手渡した。

「パン二切れとミルク」

 黒髪の幸が薄そうな顔付きをしたダークエルフが俺の声と顔を一瞥すると、そのまま注文を後ろに向け復唱する。


 注文を終えれば後は運んで来てくれる。俺はさっさとその場から抜け出して、空いた端の席によろよろと向かい腰を下ろした。荷物は横に着けた。

「はー、あっつ……」

 窓は開いていても立地のせいか風が吹かない。このむさっ苦しい空気を外へやって欲しいもんだ。

 俺は机に肘を立てて頰を当てる。

 届くまでどれくらい掛かるかな。パンとミルクなのでそれ程手間取らないとは思うけど。

 そんな矢先に給仕服に身を包んだ1人が足音を立てながらこちらへ。その手のトレーには俺が頼んだ物が乗せられている。


 無言で目の前に品が置かれ、そのまま口を開く事なく立ち去った。

 俺は出された物を無心で食べ始める。特段美味いわけでも不味いわけでもない、胃を埋める為の作業を行う。 

 一直線に皿へ目をやっていると、不意にまた足音がコツコツと響いて、その人物は俺の目の前の席に腰を下ろした。

 続けて力強く置かれたトレーには焼けた分厚い塊肉のステーキが大量に。そして積まれたパンは山になって、その横のスープも2皿目についた。

「相変わらずさもしい飯を食べているのね。そんなんじゃ体動かないわよ」

 鼻腔をくすぐる匂いと共に、耳に障る女の声が耳に届いた。よくよく知った苦手な奴。

 

「…………」

 気分を害された。俺は自分の食事のペースを速める。

「折角話しかけたんだから無視するんじゃないわよ。クレイド」

「あんたの声を聞くと飯が不味くなる。用がないなら別の席に行って欲しいんだが」

「押し込むだけなんだから不味かろうが一緒でしょ。用もあるわよ」

 最後の一口であるパンを口に放り、それを残ったミルクで流し込んだ。

「……なぁ、話したくないって言ってるんだよこっちは。もう少し他人の事考えても良いんじゃないか?」


 目の前の女の、キュレイン・ハビタブルの顔に目線が向いた。

 長い赤髪を後頭部で編んでおり、全体的に整った顔付きが更に俺を苛立たせる。

 着ている鎧が仄かに黄白く発光しているのも感に障る。これはダンジョンの奥地で手に入れた遺物とか何とか自慢していたっけ。

 キュレインは口の中の物を咀嚼しながら、俺の言葉に目を丸くした様子だった。

「なんで私より弱い人に気を使わなくちゃならないのよ。最近やっと戦えるようになったからって調子に乗ってない?」

 あっけらかんと傲慢とも捉えられる言葉を放った。……俺がこの女を嫌いな理由の10割がこの発言に詰まっている。


「そんなんだから仲間も出来やしねぇんだ。相手がほしいなら柱にでも話しかけてろよ」

 頭で考えずとも自然に口が開いた。

「……今日は随分辛辣じゃない。喧嘩したって話やっぱり本当なのね」

「…………」

 人の口に戸は立てられないと言うが、ソロの冒険者であるキュレインにまで広がったか。

 ……ずっとこのままで良いのかと考え続けていた。パーティメンバーの荷物役として各地をついて周り、イジられつつおこぼれに預かる。俺の目指した冒険者とはこんな存在だったのかと悩む毎日だった。


 自分に出来る努力は積み重ねたつもりだ。それでも魔法使いが戦士に鞍替えするのは難しいように、元々の才能が薄っぺらい俺には出来る事が限られていた。

 なまじ働き口があるからこそ亡者の仲間入りをせずに済んだのは僥倖と言えるか。

 転機が訪れたのはそこそこの貯金が出来た頃だった。武器を見繕う為に店を回っていると、一つの店にてかなりお手頃な魔力銃があると店主に勧められた。

 経年劣化は殆どなく新品同然。貯金の全額ではあったが迷い無くこれを購入し、使ってみれば俺の体に合う武装であると分かった。

 光明が差した気がした。これを鍛え続けていけば俺も冒険者として一人立ちできる程に強くなれる筈だと。


 けれど強い武器があった所で装飾品でしかなかった。心が変わらなければどんなに強力な武器を持とうと何も変わらない。

 焦燥感だけが心の中に募って行った。そしていつしか荷役の冒険者ではなく、ちゃんとした1人の冒険者としてやっていけるのかと、自分を試す必要があると思い始めた。

 パーティメンバーと喧嘩になったのはそれを伝えた日だ。脱退して1人でベルギリオンに向かうと言ったら、あいつら全員大笑いで返答しやがった。

 俺は気付けば殴り掛かっていた。そこからギルド内で大暴れを起こして今日まで謹慎という扱いだった。

 日を置いても俺の意思は変わらない。今日はそれを確りと伝える為に足を運んだのだ。

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