第7話 弱肉強食


 俺はソードベグルが向かって来る中で、その体の発達具合からして無茶な使い方をしてくるだろうと予想していた。岩壁での動きがその証拠でもある。

 駆け寄って切り裂くつもりなら事前に腕のモーションは確実に必要。その場合逆の手で一度踏ん張りをしている以上、いくら足腰が強くともその手では動作に制限が生まれる。

 片腕を振り上げた後の逆手のパターンは3つだ。時計回りに薙ぐか、その逆か。もしくは掴むか。

 突きや叩く可能性は重心の関係であり得ない。流石に前に力が行くので転んでしまうのが関の山だ。

 

 反時計回りに薙ぐのも重心が外にブレるし何より動かし辛い。この個体は右利きだきっと。なので手前に引き寄せるように引っ掻くか掴むかの2択しか残らない。

 ならば俺は直接的に被害の生じる引っ掻く動作を封じるように動けば良い。直前のタイミングで左手側に飛び込めば確実に届かない。

 掴まれなければそのまま左脇腹のウィークポイントに撃ち込み、掴まれたら左膝に狙いを移す。これが俺の考えだった。

 噛みつきを目的として突進したのなら破綻していたが、これはソードベグルという魔物の特性に助けられたとも言える。

 共通した彼等の本能が、その爪を振るうという行動に帰結させるのだ。


 そして念の為掴まれたと仮定して銃口が外に出るように調整し、ウィークポイントの左膝辺りにまで近付けてくれる事を期待した。首は短いから伸ばせはしない。

 考えてもあくまで予想でしかない。なんなら腕を使わないソードベグルだっているかもしれないのだから。

 掴まれた後に関してはもう運だ。そのまま握り潰される可能性もあった。

 真正面から戦えないのならやはり挑むには早すぎると言わざるを得ない。蟷螂之斧であった事に間違いがない。

 怒りと勢いに身を任せて自分を見失うと痛い目を見るが、でも今の俺には立ち向かわないという選択肢は取れなかった。絶対に。


 全身に少しの痛みは残るものの、行動に支障が出ないのは幸いだった。

 弾丸は残り9発。庇いながらこちらに威嚇を続けるあの魔物の膝にどれほど撃ち込めたは知らないが効果はある。

 機動力は削いだので距離を取りじっくり仕留めれば良い……。

 俺は魔力銃を構えながら半円を描くように回って行く。

 ソードベグルの表情には怒りの形相が張り付いているが、その裏に生まれた微かな怯えが透けている。こうなってしまえば容易いものだ。


 左脇腹。確実に命を奪うにはそこのポイントを穿つしかない。

 あの魔物もそれは理解しているだろう。だからこそその弱点を隠しながら正面に向き合う位置をキープし続けている。このままでは平行線だが、あの魔物は一つ見落としている事がある。

 俺は足を止める。そして……左の脇腹を庇う右手の甲を目掛けトリガーを引いた。

 その掌ごと脇腹をぶち抜く。1発では足りない。2、3、4、5、6……。ありったけを。

「グギャルルアアアアアッッッッ!!!」

 直撃したのは4発だがかなり効いたのか、ソードベグルは断末魔を上げ地面に大きく突っ伏した。


 急所ではないのでまだ辛うじて生きている。トドメを刺さなければ。

 今日の弾ラスト1発。これで火の魔石も灯せやしないが収穫はかなり大きい。

 正直かなり興奮している。俺だってやれるのだ。明らかな格上の魔物だろうと、状況によっては手が届く事もあると証明出来た。

 不恰好だけど手負いである事を加味すれば大金星だと、よくやったと自分で褒めたいね。

 俺は警戒を解かずに一歩一歩近づいて行き、意識を失っているのか目を閉じているソードベグルに銃の先で軽く突いた。反応無し。

 大丈夫だなと、途端に緊張感が薄れていく。


 その時だった。

 視界の上を通り過ぎる黒い影。振動する空気と脳に訴えかける多大な危険信号が俺の体を襲った。

 逃げろとする焦りの本能が体に伝う間際、上空から落下する何かの圧力が体を吹き飛ばした。

 土埃を巻き上げつつ、草原をいくらか転がって停止。

 唐突に起きた事態に脳の処理が追いつかない。しかし立ち上がらなくては。

 そう考えながら重い体を持ち上げて、俺は何があったのかとソードベグルの方へ目を向けた。

 

 仕留めた筈のソードベグルの上に、もう一体別の何かが踏み付けるようにして立っている。

 ただでさえデカいソードベグルの2倍はあろうかという巨大な体躯。翼を広げれば尚も圧巻と言える白銀の羽毛。

 天から差した一筋の日光が当たり、虹の如き七色を反射させる。

「雪原の虹銀鳥、シルビオン・ファレード……!?」

 雪原地帯生態系のトップクラスである。ダンジョンで例えるなら最奥に君臨するボスクラスの魔物と言った所か。

 それが今し方苦労して倒したソードベグルの体を両足で鷲掴みにしていた。


 ファレードは物言わぬまま鋭い眼光を俺に向け、そして傷一つない芸術品を思わせる両翼をはためかせた。

 ただそれだけの事なのに、まるで嵐の中にいるような強風が吹き荒れる。

 漁夫の利だ、持って行かれる……! 折角俺が、俺の力で得たその証を奪われる!。

「ふっ……ざ、けんなあああぁぁッ!!」

 俺は魔力銃の照準をファレードに向ける。

 姿を正しく認識すべく薄く開けた瞳の先で、虹の様な閃光が一瞬煌めいた。

 途端に襲い来る更なる衝撃に俺の体は空を舞い、俺の意識は次第に遠のいて、幕を引かれる様に黒いカーテンが視界を覆うのだった。

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