第2話 目前でのキャンプ


 難攻不落と称される意味が分かった気がした。物理的に攻めるのに難儀するという意味の他にも、精神的これ以上はもう良いだろうとある種の達成感を来た者達に与える。

 その二重の構えがそうさせるのだ。一筋縄では行かないと理解していてもこの感情だけはどうしようもない。

 ただ俺はと言えばその感覚を経ても尚まだ帰る気にはならない。

 目的の“も”の辺りくらいまでしかまだ到達していないんだから。


 暫く休んで夕焼けが段々と濃くなった頃合いにて立ち上がり、横になり辛いゴロゴロとした地面を軽く足で均した。

 ダンジョン前のセーフティゾーンであるこの平安平野にて、とりあえずのキャンプ地を作らねばならない。今日の所はこの場で床に着くと決めた。

 俺の上半身を覆い隠す程の大きさのバッグからナイフを取り出し、そして手頃な地面に軽く穴を掘る。火を焚く為の窪みだ。

 熱帯苦林の雑草とは真逆でポツリポツリと生えるだけのこじんまりとしたそれを刈りつつある程度のスペースを作って一段落である。

 

 荷物の中を再度開けて、あれやこれやと幾つかの物品を表に晒す。

 火の魔石が詰まった小袋。これは焚き付ける為の燃料。

 乾いた枯れ木の数本。熱帯苦林に入る前の道中拾った物だけど残り少ない。木炭もあるけれど此方はなるべく消費せずに行きたいね。

 乾燥豆が入った皮袋に、縄に通した乾燥肉が数点。食料だ。これも温存したい。

 そして水。これは言わずもがな。

 後は煎る為に使うスキレットくらいか。……もう暗くなるしさっさと火を起こそう。

 

 俺は作った窪みの中に枯れ木を放り入れ、その中に取り出した火の魔石も投げる。

 込めた魔力によって燃焼度合いが変わる性質を持つのがこの火の魔石。俺は魔力量自体が少ないので実用的使おうと思ったら枯れ木を燃やすくらいの役割しかない。

 多い魔力を持つ人はこれ一つで夜を明かせるらしいのだが、いやはや羨ましいものである。

 ……魔石の無駄だと笑われた過去を不意に思い出した。気分悪いな。

 俺は溜息を吐いてから窪みに対して右掌を当て、そして体内に流動する力を注ぎ込むイメージを浮かべる。


 大体このくらいかと思い手を離すと、小さな種火が枯れ木に伝播して赤く染めていく。

 次第に火は燃え広がって、立ち上る波を作り上げた。

 俺はそれを塞ぐ様にしてスキレットを挟み、袋の中の乾燥豆の幾つかを直接入れる。

 一粒一粒がスキレットを叩き乾いた音を響かせて、なんとも悪くない気分だ。

 スキレットの中で転がせつつパチパチと弾ける。軽い焦げ目がつくのを待ちスキレットごと取り上げ、そして乾燥肉の一枚を今度はその火に直接潜らせる。

 これも多少の焦げ目を基準として調理完了。一旦スキレットの中へ置いた。


 使わない物は先にバッグの中へ。整理整頓しつつ事に当たる。

 考え事は端に寄せといて飯だ飯だ。質素であっても楽しみの一つである事に変わりなし。

 俺は熱を放つスキレットの中の豆を一つ摘んだ。昔はかなり熱さを感じたけど今や仄かに温かい程度だ。長く持っていればそれなりに熱は伝わるが火傷には程遠い。

 厚く固くなった指の皮には少しだけ哀愁が漂う。

「いただきます」

 香りが鼻腔をくすぐるその豆を口の中に入れ、焼けた風味が途端に食欲を刺激する。奥歯で噛むとそれに反発する豆の硬さ。

 ゴリゴリとすり潰しながら咀嚼すると、その味は大変に美味しい。


 乾燥肉にも手を伸ばして、硬い繊維を歯で撫でながら外し食べる。

 そのままだと石をも砕けるんじゃないかと思わせる硬度を備えるのが乾燥肉だ。しかし火を通しているので思いの外咀嚼に難儀しない。

 凝縮された肉の味に負けじと塩っ辛さが口内を埋め尽くした。

 しかしこれがどうにも受け入れられる。長旅の疲れのせいだろうか。

 その二つを交互に食し、気付けば空になった。名残惜しさを感じつつ俺は水をまた一口流し込んで食事を終えた。


「ご馳走様でした」

 後は寝るだけだ。夜を迎えて暗くなった空は落界樹が隠しているものの、端の方では枝葉の隙間から星空を覗かせている。

 念の為〈警戒鈴〉を通してから床に着こう。これは魔物や人間の敵意を感知して知らせてくれる便利アイテムだ。

 難点はめちゃくちゃに煩い所。まぁ飛び起きるからすぐ臨戦体勢に移れると言った利点もあるか。

 俺は地面にボロ布と言えるくらいまで使い古したシートを敷いてそこに寝転んだ。


 気温も何もかもが心地良い。これなら直ぐにでも寝付けそうだ。

 そよ風を聴きつつ俺は瞼を閉じて明日の算段を立てる。

 まずは物資等の再補充が最優先だな。食料や水の類の追加が主となるだろう。

 事前の調べで水場が北側の雪原地帯にある事は知っている。雪解けの澄んだ水でそのままでも問題なく飲めるそうだ。

 飲み水には困らないのなら後はどうとでもなる。そこに拠点を作る事を目指して明日は動こう。

 

 出来たらお次は飯の方だ。保存に使う塩は持って来ているのでそこは問題無い。

 狙うのは専ら魔物。なるべく大型の個体を仕留めたいがこれは運だな。

 各地体とを隔てるそれぞれの林からギリギリまで此方側に来ているか、それこそ俺と同じ様にこの平地に足を踏み入れている魔物がいるかも。

 そこがチャンスでもあるわけだ。孤立していれば俺の力量でも優位に立てる可能性がある。

 まぁ、俺の手持ち武装で狩れる程度の奴等という大前提があっての話なんだけど。

 この平野にも小型の魔物が生息しているから、先にそちらを狙うのも良いかもしれないな。

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