永年のクリスタル 〜難攻不落のダンジョンに挑んだら女の子が眠ってました〜

隣のトネリコに練り込んだ

第一章 スリープ・イン・ベルギリオン

第1話 落界樹ベルギリオン




 酷く蒸し暑い。足裏に張り付いた粘土質な触感が嫌に気持ち悪い。

 腰の高さまで生い茂る草木達が俺の体を撫でて、そして耳元で煽る羽虫や肌に張り付く蜘蛛の巣、時々現れる蛇等に一瞬たりとも気が休まらなかった。

 払いつつも獣すら通った形跡の無い道無き道を進み、時々方向を見誤らない様にコンパスを取り出しては方角を確認する。

 この場所に足を踏み入れてから大体2週間くらいか。じめっとした環境に体臭もそこそこと言った具合。

 身を置いている時間が長いせいか正直かなり肉体的な疲労は溜まっている。それでもこの歩みを止める訳には行かない。


 通称熱帯苦林ルートと呼ばれる一帯であるのだが、このルートは俺が目的とするダンジョン。空まで突き破る程伸びた〈落界樹ベルギリオン〉までを一番簡単に踏破できる道筋なのだ。

 他のルートとの比較でしかないので簡単と言っても、俺にとっては非常に苦しい環境には他ならないのだが。

 ……でも苦しい程度で辿り着けるのなら御の字だろう。他の5つのルートはそもそも俺の力量では道中に魔物に喰われてお終いなんだから。

 砂漠蜃林、雪原風林、海上魔林、生草動林、闇盲夜林。ルートの特徴を示した名称この5つは調べてみればレベチだと分かった。俺じゃ到底歯が立たない。


 だから文句を垂れる事が出来るだけマシと思うしかない。

 俺は額に浮いた汗を何度拭いたか分からない腕で拭い徐に目線を上に向ける。

 あるのは鬱蒼とした木の葉。今は隠されて見えないけど、その奥には確かに目を見張るものが存在している。

 長い道のりだけども一歩一歩近付いている事は確かなんだ。頑張ろう。

 腰から下げた革水筒を手に取って蓋を開き口に傾ける。

 一口だけ。飲み過ぎても腹を下す。

 そう思いながら生温く若干動物の風味を感じる水を摂取した。


 枯れて来た水筒の中身を軽く振って腰に戻した。

 水分ってだけなら泥水でも何でもあるけど、いざ飲める物をとなると手が掛かる。

 死んだ水は摂るべからず。これは凡ゆる冒険者、旅人にとっての暗黙の了解だ。

 虫が湧きまくってるこの環境下では更にリスクが高いだろう。限界ギリギリまでは手を付ける気は無い。

 しかし流石に2週間ともあれば持って来た物資も空っけつだ。軽いけど食物を切らすのも不味い。

 節約の為に魔物である蛇を取っ捕まえて食っていたけれど、これも焼け石に水としか言えない。

 

 魔物自体が極端に少なく食料を得難い熱帯苦林ルートの負の面が作用している。

 力量が無くとも襲われないという正の面と合わせて裏表の関係である為そこは仕方がないのだが。

 『ベルギリオンは向かい始めから既にダンジョン内』とはよく言ったものだ。進めば進むほど問題が噴出する。

 難攻不落と囁かれるのも頷けるダンジョン特徴。本格的にベルギリオン内部に入る迄に色々現地調達しなければいけないな。

 此処を抜けなければそれもままならないのだけれど。


 歩いて、歩いて。ただただ歩く。

 今日かそれとも明日にはダンジョン目前に抜ける筈だ。計算が間違っていなければだけど。

 ……いや、俺が俺自身を信じなければ。誰に笑われようと石を投げられようとそれだけは揺らいじゃいけない。

 出来の悪い頭だけど頑張ってこねくり回したんだから。

 脳裏に嫌味たらしい複数人の笑い声が思い浮かんだ。忘れもしない。

 ギルドでベルギリオンに向かうと、そう言った時に大爆笑だ。本当ムカつくわ。

 絶対に見返してやるからな蛮族共め。


 思い返してついイライラし始めた心を落ち着け、無駄に疲れるとそれこそ彼奴等の思う壺だと平心を心掛ける。

「ハァ……ハァ……傾斜か……」

 まるで山の斜面を思わせる様にして、目の前の雑木林の群れは一層の過酷を与える。

 転げ落ちる程急な訳じゃないが、それでも前傾姿勢でないと色々キツいくらいには斜めだ。

 道中の木々を手摺りにしつつ前へ前へ。色んなダンジョンで鍛えて来たこの足は自慢だ。止まる事がない。

 ……まぁこの持久力の半分でも戦いの方面へ換えてくれたならもっと助かるんだけど。特に魔力。


 無い物強請りをしても意味は無いんですが。

 人間持って産まれたポテンシャルでこの世を生きていかなきゃならない。

 身の丈に合わない夢だの何だのは、相当な地獄に足を踏み入れる覚悟をして漸く叶う代物。

 俺はそんなのはゴメンだね。自分の強みを活かして上手く立ち回って行けたらと思うよ。

 世知辛いのは現実はそれでも厳しいって所だけど。

 過去のトラウマの想起が為されようとする最中、林の奥の方に若干黄色と赤味がかった外の明かりが差した一点が目に付いた。


「あれは……」

 俺はそう言葉を漏らして、吸い寄せられるように速度の上がった足が向かう。

 熱帯苦林に差す日光。オレンジの色味が支配する夕焼けの一柱ひとはしら

 何処かしらの開けた場所に出る事は間違いがない。そうであるならば……。

 興奮する心を押し留めながら何とか辿り着き、その奥へ足を踏み入れる。

 蔓延っていた雑草達は途切れ、俺の目前に広い平野が飛び込んだ。

 

 そして……この平野の中央に鎮座する、各ルートを見渡す様な荘厳とした大樹。伸び切った先は天をも突く勢いで空に広がっている。

 地面から浮き出た一部の根すらトグロを巻いて、恐ろしい程にその存在感を露わにする。

 例えるなら巨大な蛇が寄り集まって形成された世界の監視機構とも言うべきか。

 神聖な気配が満ち満ちていた。俺の体が感じていた疲れ等意に介させない。

 その気に当てられてただ目を奪われる。澄んだ空気は切れた息を整えた。


 他の木々など小枝にも満たないその圧巻な枝葉が強風に煽られて威圧する様に轟く音色を奏でた。

 同時に俺の体を押し返すが如く吹いた旋風は、雪原のルートから運ばれたのかとても冷ややかな感触だった。

 ベタついた肌を一蹴する清涼感。とても気持ちが良い。

 緊張の糸が切れて、俺は崩れ落ちるかの様に地面に膝を落とす。そのまま背負った荷物を下ろし座り込んだ。

 落界樹ベルギリオン。これがその全貌か。

 長い道のりであったものの遂に辿り着いた。此処からが本番であるものの、既に妙な達成感が俺の中を支配していた。

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