第27話 思い出の料理

 自分でもはっきりと理解できるほど、むすっとした不機嫌な表情でソファーから顔を出し「いまさらなんの用よ……婚約者様?」と小言を言ってやった。


「アリシャがそれほど僕のことを想ってくれていたなんて……感動で天に召されそうだ」


「あん? そんな話はどうでもいいのよ……さあなにか言い訳があるのならどうぞ?」


 私はその彼のふざけた冗談にそう言葉を返すと、立ち上がりニールをにらみつけた。


「茶化すつもりはなかったんです、ごめんなさい。お恥ずかしながら、昨日まで料理の練習をしておりまして……その……あの……」


 ニールが言い淀んでいる……あの思ったことをはっきりと物怖じせずに話す彼が? 目線も合わせようとせずにずっと下を見ている。後ろめたいことがあるから、私の顔が見れないんじゃないの……一体そこになにがあるってのよ?


 私はテーブルに並べられた料理の数々に見覚えがあった。


 細かく刻んだ野菜が煮込まれたスープに、蓋を開けただけの冷えた缶詰、二人分とは思えない大量のパン。


 どうりで見覚えがあるわけだ……これは全部、私が生き倒れていた少年に振舞った料理。ご丁寧なことに、スープの煮込み加減といい、缶詰の種類、パンの大きさ焼き加減まで一緒だった。


「ニール、これって? えっ、なんで?」


「…………だって、今日は僕があなたに出会った日、あなたを好きになった日だから……どうしてもその思い出をこういう形で再現してみたかった。一緒にまたあの朝ご飯を食べたかったんだ」


「いや、言ってくれれば私が用意したわよ。あっ、もしかして……あなたが起こしに来なくなったのって?」


「はい、このためです……スープを再現するのに思いのほか手間取ってしまって、往復している余裕がなかったと言いますか……本当にごめんなさい」


 そういうわけがあったのなら、怒るに怒れなくなるじゃないの……ただできれば一言だけでも声をかけておいてほしかった。それだけで私は安心してあなたを待つことができたのだから……って、私はなにを考えている……あ~もう、どうしちゃったのよ、私……甘やかしすぎだろ、しっかりしろ。


 私は頭を抱えながら「ちっが~う!」と大声で否定した。一旦リセットしないと、なんかヤバい方向にいってしまいそうな気がしたからだ。


 ニールは私の前でかがむと、その態勢のままうつむく私を見上げながら「アリシャ、大丈夫ですか?」と案じた。


「それ……やめなさい。心臓に悪いわ……ふぅ……ニール?」


「はい、なんですか?」


「おはよう……さあ朝ご飯食べましょ!」


「はい、おはようございます。一か月かけて完璧に再現した僕の手料理を食べて、驚かないでくださいね!」


 ニールは嬉しそうに言うとイスを引いて私に座るように勧めた。私がイスに座ると彼はにこっと微笑み、テーブルを迂回して反対側のイスに座った。


「それって……結局、一周まわって私の料理を褒めていることにならない?」


「はい、もちろん褒めているに決まっているじゃないですか。それ以外に何があるのですか?」


「…………真顔で言うんじゃないわよ、婚約者バカ


「何か言いましたかアリシャ?」


「なんでもないわよ……美味しそうね。じゃ手を合わせて、いっただきま~す!」


「いただきます!」


 私はニールの手料理に舌鼓を打ちながら、姉さんたちと食事をしている時のような心地よさを感じていた。ひとりで食べるよりもふたりで食べた方が料理は美味しい――そんな当たり前のことを忘れかけていた。


 それにしても……ニールのやつ、たった一度スープを飲んだだけでここまで再現するなんて、どんな味覚してるのよ……毎回目分量だから私だって、同じ味を出せるか怪しいってのに。

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