第26話 一か月ぶりの再会

 王都に出向いて先生と再会した日から、半年の月日が経過した――。


 私はいつもより早めに目が覚めた。体を起こして窓際の置き時計を見ると、時刻は朝の七時を示していた。太陽光発電によって調整いらずで稼働し続ける、姉さん新作の置き時計は王都でも大人気で、店頭に置くと同時に完売するらしい。


 私はベッドから起き上がらずに、指針が八時を指し示すのを待ちながら読みかけの魔導書を手に取った。しおりを差し込んでいたぺーじを開いて昨夜の続きを読み始めた。


 魔導書とカッコつけて呼んではいるけど、これはただのちまたで流行っている恋愛小説。それをカサンドラ姉さんが暗号化して私にくれたものだ。なぜこんなひと手間を加えているのかというと、ニールに私が恋愛小説を読んでいることを悟らせないためだ。


 私は八時まであと三分となったのを確認すると、栞を差し込み魔導書を閉じてベッドに潜り込んだ。


 彼が起こしに来るまであと三分……私は今日こそは起こしに来るだろうと期待に胸を膨らませていた。今日来なければ私の方から直々に王宮に行って、彼の約束を反故したわけを問い詰めてやろうと思っている。


 心境の変化とか恐ろしいもので、あれほど嫌だったはずのものでさえ突然なくなってしまうと、それはそれで気になってしまう、心にぽっかり穴が空くというか……寂しさを覚える。


 ニールはある日を境に私を起こすどころか、家にすら来なくなった。昨日で二十九日目であり、今日彼が私を起こしに来なければ三十日目……丸々一か月となる。一か月未満と以内とでは意味合いがだいぶ異なる。


 それに私を妃にするために、姉さんたちや先生、修道女の子たちといった外堀まで埋めてきたくせに、急に熱が冷めたかのようにほったらかすとかあり得ない。




 置き時計に目を向けると、八時まであと二十秒を切っていた。残り十秒となったところで、私はカウントダウンをはじめた。

 

「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……ゼロ」


 八時を過ぎても……部屋の外から目覚まし時計の音が聞こえることはなかった。


 裏切られたということよりも、自分から言い出しておきながら……この体たらくはなんだっていう、怒りの方が先にきた。


 私はその感情に身を任せて朝支度を最速で終えた。問い詰めるだけじゃ私の怒りは収まらない、さて……あの王太子バカをどうしてやろうか。


「……の前にご飯を食べよう。腹が減っては戦はできぬっていうしね。今日はなにを食べよっかな……昨日のシチュー残りにパスタでも入れて、チーズをかけてグラタンにしよう。野菜は昨日採ったのがあるから、今日はいいか」


 私は戦場に向かう前の腹ごしらえとして、がっつりとした献立に決めながら寝室を出た。


 なにやらリビングの方からとても食欲をそそる匂いが漂ってきた。


 今年の当番はヴィヴィアン姉さんだったっけ? ということは姉さんが朝ご飯を用意してくれたのかな? だけど、姉さんが料理したところなんて一度も見たことがないけど……いや、私が知らないだけかもしれないし、こっそり料理人の腕前でも拝ませてもらおうかな。

 

 私は姿勢を低くしてソファーまで移動すると、その陰に身をひそめて様子をうかがった。

 

 鍋をかき混ぜる音、スープを注ぐ音、缶詰を開ける音が順番に聞こえて、とどめにパンの焼ける香ばしい匂いが鼻腔びくうをくすぐったところで、私は料理人から声をかけられた。


「何しているのですか? さあご飯の用意ができました。一緒に食べましょう、アリシャ」


 料理人の正体は姉さんではなかった……三十日もの間、私をほったらかした憎き婚約者だった。

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