第25話 静寂の右ストレート
エレベーターが一階に到着してドアが開くと、姉さんは開扉ボタンを押して私に降りるように促した。
私はエレベーターを降りながら、エントランスホールが寝る前と後でずいぶん様相が変わっていることに気づいた。
エントランスホールの一角を大量の衣類が積み重なり占領していた。その隣には箱に詰められた薬品が申し訳なさそうに陣取っていた。
背後からは「ヴィヴィアンは限度を知らぬのか……」とぼやく姉さんの声が聞こえた。
私はその衣類を指差しながら、その言葉の意味を知るためにあえて分かり切った質問した。
「えっ……この百人分以上はありそうな服とかって、全部ヴィヴィアン姉さんが用意したの?」
「あぁそうだ。院長の頼みを少々はき違えているかもしれないがな。まあこれはこれであの子たちも自分が着たい服を選ぶことができるだろうし、悪くはないとは思うがやり過ぎだな」
「……だけど、オクタヴィア姉さん? 私から見たら姉さんたち全員……結構やらかしているように見えるんだけど? この教会以上の設備や品物が揃った店も家もないんじゃない? 王都一どころか、王国の中でもカサンドラ姉さんの家の次に豪華じゃない?」
「…………確かに、同族だからとやり過ぎたか? まあ院長も王太子も構わないと言っていたことだし、わたしたちが気にする必要ない」
「そぉ……? オクタヴィア姉さんがそう言うなら私も気にしないようにするわ。あと一個だけ質問していい?」
私からの急な問いかけに姉さんは目をきょとんとしながら「いいぞ?」と返事をした。
「オクタヴィア姉さん……なんか話し方変わった? 私がカサンドラ姉さんに連れられて、はじめてオクタヴィア姉さんに会った時に近いような……だけど、それともなんか少し違うような?」
姉さんはしばらく黙り込むと、片方の手で拳をつくりもう片方の手を広げて、手のひらに拳を軽く振り下ろした。
「あ~これはだな。わたしが教会にいた頃の口調だ。院長に会ったことで、知らずのうちに戻ってしまっていたようだ。戻そうにも前がどんな口調だったか、全くもって思い出せないから……慣れないかもしれないが、当面の間はこれで我慢しておいてくれ」
「私は全然大丈夫だけど……なんかカサンドラ姉さんとヴィヴィアン姉さんが、それをネタにして遊びそうだな~って、ちょっと思っただけ」
「全くもって問題ないぞ。可愛いアリシャにだけ教えておいてやろう……わたしは気付け薬の苦みをさらに向上させた新薬を開発したんだ。一滴でジョッキ一杯の水があの気付け薬と同等の苦みに変化する。苦みに特化したため効能は失われているけどな……あっは、はっはっは」
姉さんの悪魔のような高笑いはエントランスホールに響き渡った。もし、患者がいまの彼女の姿を見たのなら
姉さんの高笑いに呼び寄せられたのか、先生は会議室から飛び出してきた。
そして――先生はお仕置きとしていつもの寸止め右ストレートを放ったのち「五分だけ静かにしてね」と人差し指で姉さん口を塞いだ。積み重なった衣類が拳圧によって散乱し、薬品は互いにぶつかってはカタカタと音を鳴らしていた。
先生はその一連の動作を三秒足らずで終わらせると、そそくさと会議室に戻っていった。
私と姉さんは先生が会議室を施錠したのを確認すると、一言も発せず待合室に逃げ込んだ。そこで静かに先生の用事が終わるまで待つのであった。
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