30.オレの天使は女神だった


 サイズの測定が終わり、それに合わせてまずは下着を選び始めた。

 前回と違い、俺にも欲しい服があるので下着選びが終わったらそれを探そうと思う。


 俺の探している服とは、ボトムのパンツ系だ。

 スカートしか持って無い現状、もっと気楽に履けるものが欲しい。スカートも気楽といえば気楽なんだけど、やっぱり心許ないような気がするし。

 丈は短くてもいいから、余裕のある物がいいなあ。


 というわけで下着と合わせて適当に良さげな物を見繕って小春こはるちゃんの様子を見に行くと、カゴには何着も入っていて、さらに服を2着手に取り比較している最中だった。


「良いのあった?」


「あ、ハルちゃん。 やっぱり夏は女の魅力を押し出さなきゃダメだよね。 というわけでハルちゃんにはこんなの選んで見たよ。どう?」


 小春ちゃんは今手に取っている服一つを俺に押し付けた。

 なるほど夏らしく生地が薄手で涼しそうだ。

 広げて見ると、半袖……いや違う。これはオフショルダーで肩と胸の谷間が丸出しの露出が多い服だった。

 

「どう……って。これは……」


「私だとこういうの似合わないんだよね。だけどハルちゃんならバッチリ!! これなら霧矢きりやくんもメロメロ間違いなし!!」


 なんでそこでキリが。

 いやでもまあ、あいつはこういうの絶対好きだろう。メロメロになるかどうかは分からないけど、まあ、好きだろうな。


「キリはともかく、どれもこれも露出多めだね」


 小春ちゃんが選んだ衣類はどれも胸や肩だしの露出が多めで、へそ出しもあって、夏らしいといえばそうなのかも知れないけど、普段小春ちゃん自身が着ないような方向性のものばかりだ。

 今日の小春ちゃんはロングのプリーツスカートとノースリーブで肩は出しているものの胸元はガッチリガードのシャツだ。当然おヘソは出していない。


「小春ちゃんはこういうの着ないの?」


「ん~、あんまり似合わなくて。でもハルちゃんなら絶対似合うから安心して! 太鼓判押してあげる! それにハルちゃんくらい綺麗な肌なら出さないなんて勿体無いよ!!」


 なるほど、自分が似合わないから俺に着せたいと思っているのか。

 だけど小春ちゃんも似合うと思うんだけどな、スレンダーだし。


「そんな事ないって、小春ちゃんもきっと似合うよ」


「そうそう、ハルちゃんもっと言ってやって」


 のぞむくんが現れた。その背後にはキリも。

 当然というかなんというか、キリが手に持つカゴには衣類が入っていて、あれは多分選んでくれた俺用の服なんだろう。


「小春だって肌綺麗だし、もっと見せて欲しいんだけどなあ」


「もう、私の事は良いから。――そろった事だし、ハルちゃんに色々着てもらおうと思います!」


 あ、やっぱりそういう流れになるのね。


◇◆◇


「違う、もっと下まで下げて」


「いやこれ以上下げると見えるって!」


「まだいけるから、ほら、ここまで」


「わあ! ちょっと! 下げすぎじゃない?」


 キリが持ってきたベアトップなんだけど。いやこれ服と言っていいのか……?

 簡単に説明すると胸元に布を巻いているだけのような肩紐すらない服だった。

 これ……ちょっとした事でズレて大変な事になりそうなんだけど。


 肩や脇、胸元、お腹も丸出しですんごく心許ない。

 絶対上に何か羽織らないと無理だ。


「何かの拍子にズレて見えたらどうすんだ!」


「そりゃ嬉し……いや、他人に見られるのは嫌だな」


「だろ!? だからせめてもう少し上までは上げないと」


 と、少し上にズラして危険な状態は脱した。

 とはいえ完全には隠さず、キリに配慮してちゃんと胸の谷間や胸元は見える状態にはしてある。

 てかこれ、どんなブラをつければいいのか……。


 キリの持ってきた物は露出が多い物が多い。欲望に忠実だな……。

 ていうか、小春ちゃんが選んだ服も露出多いし、そんなに俺の肌を出させたいのか?


「っていうか、どれもこれも胸元のvライン強調させるのばっか……」


「何言ってるの!! ハルちゃんはそこを強調するとすごくえるんだよ!! 顔と首とvライン!! 素材が良くて肌も綺麗で完璧なんだから!!」


「あっ、そうなんだ……」


 思わず小春ちゃんの勢いに気圧けおされてしまった。


「本当はくびれた腰も見せたいし、上から下まで全部見せたいんだけどね~、分かりやすいのはやっぱりそこだから」


 ……ふむふむ、なるほどね。

 見ると後ろで店員さんも何度も深く頷いていた。


「後はポニーテールとかで髪を上げると首周りも強調出来てもっと良いと思うよ!!うん!!」


 小春ちゃんに褒められるのは悪い気はしない。

 チラリとキリを見ると目が合い、コクリと首肯した。

 なるほど、みんなの意見は一致しているわけね。あんまり乗り気じゃないけどしょうがない。


「うん、小春ちゃんありがとう。 じゃあここから選ぶよ」


 トップスだけで15着以上ある、これ全部買って、さらに水着なんていくらお母さんからお小遣いを貰っていても足りるはずもなく、せめて半分には減らしたかった。


◇◆◇


 協議の結果、トップスは半分に、ボトムも5着までに減らした。


 何故か店員さんも参考意見として加わって5人で選ぶ事になったけど。

 ちなみに俺が選んだボトムのパンツは却下された、1:4で。俺1人、他4人。

 いやおかしいでしょ。スカートじゃないものも履かせろ~。


 とにかく選んだ衣服は一旦預かってもらい、次は水着だ。


「ハル、こっちだ」


 何? とキリの後を付いていくと、そこにはビキニが所狭しと並んでいた。


「いや着ないって言っただろ!?」


「これとかどうだ」


 こいつ……スルーかよ……。

 ちらっとそれを見ると、白が主体の、ビキニとしても面積が少なく、結び目は紐のようだった。

 ほんっとそういうの好きな!!

 はぁ、と呆れてため息を吐く。


「着ない」


 ぷいとそっぽを向き、拒否した。


「ハルなら絶対似合うから!! 俺が保証する!! 頼む!!」


 キリお前……必死すぎだろ。

 ちらと横目で見ると俺を拝むように手を合わせている。そこまでするか。


 どうしたものか……。

 電車でも思ったけど、ビキニって下着みたいなもんだ、それで歩くのは……やっぱ恥ずかしい。

 いやしかし……う~~ん。


「分かった。じゃあ、一度着るだけでも着てみてくれ!! 頼む!!」


 まったく。そこまでして俺のビキニ姿が見たいのか……。

 試着室で一回着て、見られるのがこの面子なら、まあ、我慢出来るか……。


「しょうがない。一度着るだけだぞ!」


 キリが持つ水着を手に取り、試着室へ向かった。


「おお、ありがとうハル!」


 嬉しそうに答えるキリ。そんなに見たいんか。ったく。


 そして更衣室に入り、着替え始める。

 げ、これガチの紐じゃん。

 首の後ろと背中、そして腰、と順番に結んでいく。


 一応着てみたけど……頼りねえ。下着ほどのホールド感もないし。

 それにちゃんと結べているか不安で、ちょっとした拍子にほどけてしまいそうだ。

 もしちゃんと着るなら小春ちゃんに結んで貰わないと危ないな。


 カーテンの隙間から顔を出すと3人が近くにいて、俺を待っていた。


「小春ちゃん、ちょっと良い?」


「ん?どうしたの?」


 小春ちゃんを試着室へと呼び、紐をしっかりと結んでもらう。

 すると、小春ちゃんは結ぶついでに俺の背中や腰を触ってきた。

 あの、小春ちゃん?撫でるのやめて?


「本当に美味しそう。霧矢くんが羨ましい」


 小春ちゃんは何を言っているんでしょうか。

 それにキリとはそういう関係じゃない。


 いやまあ……少し前までは……叢雨くんとは、そういう関係、だったけど……。

 あれは恋人だったからだし。だけど今は違う。今は親友だし。


「なんてね。よし! 綺麗に結べたからお披露目しよっか」


 小春ちゃんはそう言って勢いよく試着室のカーテンを開けた。

 待って! 心の準備がまだ!!


「ちょっ!!」


「はーい、霧矢くん、ハルちゃんビキニバージョンだよー」


 試着室の前にはキリがいて、俺の姿をじっと見ていた。

 それはもう、真剣な表情で、全て脳に刻み込もうと言う勢いで。

 そもそもキリは俺の裸見た事あるだろ!! なんで一生懸命なんだよ!!

 と思ったけど、脳内キリが言った。「それはそれ、これはこれ」言いそうだよキリなら。


 頬が染まり、頭から湯気が出そうなくらい恥ずかしく、身体が固まる。

 そして恥ずかしさのあまりか、周りの音がシン……と聞こえなくなった。

 一瞬の静寂の後、ゴクリ、というキリが唾を飲み込む音だけが聞こえた。


 なに生唾なまつばを飲んでるんだよ!


「終わり終わり!!」


 そう言ってカーテンを閉めようと手を伸ばす。


「ハル、本当に眩しくて、綺麗で、俺の想像以上だ。まるで女神だ」


「おまっ!!」


 何こっ恥ずかしい事言ってんだ!!


 だけどキリの表情を見ると、それは心からの言葉で、俺に魅せられているのが分かる。

 ダメだ、そんなの、胸の奥に抑えている気持ちが反応してしまう。


 ――嬉しい。


 キリに心から褒められて、嬉しい。

 そんな表情で、そんな事を言われたら、俺の身体が喜んじゃう。

 鼓動が高鳴り、高揚感でゾクゾクして、えも言われぬ歓喜に満たされる。

 やばい、こんなの、本当に抑えられなくなる。


 このままじゃ、自分の、本当の気持ちに気付かされてしまう。


「ハルちゃん綺麗だよねー、白い肌に白いビキニが似合ってて、本当に」


 小春ちゃんはそう言いながらカーテンを閉めようと伸ばした俺の手を押さえた。


「ハルちゃん、何か一言」


 何か一言って!?

 何を言えば良いんだ? ありがとう? 嬉しい?

 今の本当の感情なんて、言えるわけがない。

 ちゃんと気持ちを整えるまで、時間が欲しい。

 そしたら、ちゃんと元に戻れるから。


「ちょ! ちょっと考えさせて!!」


 そう言って、勢いよく強引にカーテンを閉めた。

 想像していた反応と違ったのだろう。辺りには気まずい空気が漂った。

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