29.天使と手繋ぎ


 朝、俺は悩んでいた。


 結局昨日は手を繋いだままで家まで送ってもらった。

 そしてまた、もうすぐキリが迎えに来る。

 もう手を繋ぐ事を気にする必要ないんじゃ?と俺の中にある想いが問いかける。


 だがしかし、俺たちはあくまで親友であってそういう関係じゃないはずだ。

 その時は気分が良いけど、後になったらジタバタとベッドで悶えているんだ。


 やっぱりダメだよな、うん。親友なんだし、いっときの気の迷いで流されちゃダメだ。

 

 ――よ、よし! 今度こそ決めたぞ!! もう手は繋がない!!

 断固たる決意!! 揺らぎはしないぞ!!


 固く決意し、胸にわだかまる想いを奥底へと押し込んだ。


 そう決意した瞬間、呼び鈴が鳴った。キリだ。

 大きく胸が高鳴る。

 ……タ、タイミング悪いなあ、ビックリしちゃったじゃないか。

 これはビックリしただけ、それだけ。うん。


 鼓動を抑えるように胸を押さえつつカバンを手に取り、玄関で扉を開けるとそこにはキリがいた。

 相変わらず背が高く、それに顔が整っていて、格好良い。


 ダメだ、キリの顔を見るとぐらぐらと決意が揺れ出した。

 落つつけ俺。決意を忘れるな。


「お、おはよう。今日も早いな」


「おはよう。……いつもどおりだけど」


「そうだっけ? まあいいじゃん。 いってきまーす」


 家の中に向かって出掛けの挨拶をし、扉を閉めて振り返る。

 するとそこには、キリの手があった。


「ハル」


 俺ににっこりと微笑み、声を掛ける。

 まるで心臓を鷲掴みされたかのように心が大きく揺さぶられ、胸の奥底に抑え込んだ想いが顔を出す。

 手を取りたい気持ちで頭が一杯になり、断固たる決意とやらはもはや風前の灯火だ。

 本当に良いのか? という最後の抵抗に、俺は自問自答した。

 どうしたいのか、と。


 俺は……俺の本心は……キリと繋がりたい。


 キリは親友だ、それは変わらない俺の本心だ。

 だけど、それは一旦こっちに置いといて、この手を掴みたい、僅かでもキリと繋がりたい。

 それも紛れもない俺の本心だった。


 ――親友だけど、手は繋ぎたい。


 非常に俺にとって都合の良い、良いとこどりの考え方だ。

 トロッコ問題で両方助けたいと言うようなものだ。


 だけど良いじゃないか。どこまで行っても俺とキリの問題なんだから。


 俺は顔を上げ、キリを真正面から見て、頷き、キリの手を取った。

 キリも嬉しそうに微笑み、手を繋ぎ直した。


「良いんだな?」


 念の為か、キリが聞いてきた。

 少し前の俺ならその言葉で我に返り、躊躇ちゅうちょしたかも知れない。

 だけどもう違う。俺は都合の良い考え方をすると、今、決めたのだ。


「ああ。キリこそ本当に良いのか? キリが嫌だって言っても手を握るからな」


「それはない。 オレは嫌だなんて思わない」


「だと良いけどな」


「そこは信用しろよ……」


 俺とキリは親友同士だ、間違いなく。だけどそれはそれとして、手は繋ぐ。それはそれ、これはこれだ。

 一度吹っ切れてしまえば、悩んでいたのが馬鹿みたいだ。


 それから週末まで、学校の行き帰りはいつも手を繋いだ。

 でもあくまで俺とキリは親友として付き合い、一緒にいる。


 それ以上の行為は無い。

 流石にそれは男女間の関係、恋人同士の行為だと思うから。


◇◆◇


 さて、今日は土曜、小春こはるちゃんたち4人で買い物に行く日だ。

 今はキリと電車に乗り込み、窓の外を見ながらおしゃべりしている。


「そーいや今日は前行った店に行くのかな?」


「他の店も行くだろうけど、多分そうじゃないか」


「あの店って水着も扱ってるんだっけ」


「お、良いな水着。 ハルの分はオレが選んでやるよ」


「遠慮しとく。キリに任せるとエロい水着ばっか選びそうだしな」


 水着かあ……一瞬海パン姿を想像したけど、上半身裸の女がイメージされた。もう自分でもイメージは完全に女だ。

 着せる側ならビキニとか紐みたいなの着せたいけど自分が着るとなると、流石にな……。


「ハルのビキニが楽しみだな」


「いやいや、ビキニを着るなんて言ってねぇから」


「いやいや、ハルならきっとビキニ姿を見せてくれる」


 ビキニ姿かあ……。

 ダメだ、全然想像出来ない。下着姿ならなんとか想像出来るけど……。ってこれ。

 よく考えたらビキニって下着とどう違うんだ? 下着姿で外歩くとかめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。


「やっぱ無理。ビキニとか恥ずかしすぎだろ」


「そっか。まあ無理強いはしないけど、残念だな」


 そう言ってキリはあからさまに残念そうな顔をした。

 そうやって同情を誘ってもダメだ。

 俺が毎回乗ってやると思うなよ。


「そんな顔してもダメだ。その手には乗らん」


「残念、ハルなら乗ってくれると思ったのに」


 全く、考えが甘いっての。

 長い付き合いなんだし、キリの考えている事は手に取るように分かるぞ。


 ――とはいえ、そんなに見たいもんなのか。

 いや、着ないけど。絶対に。


◇◆◇


「あ、来た来た」


 待ち合わせ場所に着くと、すでに小春ちゃんとのぞむくんはそこにいた。


「なんか早くない?」


「そりゃそうでしょ! ハルちゃんの夏服を選ぶ日だからね! 気合入りまくり!」


 小春ちゃんは学校での落ち着きが嘘のようにはしゃいでいて、別人のようだった。

 まあ、それはそれで可愛いのだけれど。


「あれ? 小春は買わないのか?」


「良いのがあったら買うかもだけど、今日の主役はハルちゃんだね」


「そっか~、残念」


 そう言って残念がるのは望くんだ。

 彼女の新しい夏の服、楽しみにしてたのだろう。なんか悪いな。


「あ、でも水着はハルちゃんと一緒に選ぶから楽しみにしてて良いよ」


「マジか!! そりゃあ楽しみだ。 な!!霧矢!!」


「おう」


 一気にテンションが上がる望くん。

 そんな2人を見ていると楽しそうで、俺も恋人欲しかったなあ、なんて思ったり。


 まあでもいっか。俺にはキリがいるし。


 !?

 なに今の思考!?


 ――いやいやいや!! そういう意味じゃなくて!!

 今は親友がいるし、という意味であって、彼氏とかそういう意味じゃないから!!

 ……って誰に言い訳してんだ!!

 とにかく違うから!!


 慌てて取り繕うように繋いでいた手を離し、雑念を振り払うように頭をぶんぶんと左右に振った。


「どうした?」


「い、いや、なんでもない……」


 いかんいかん。

 キリは親友、キリは親友、彼氏じゃない、そういうのじゃない。

 ……よし。もう大丈夫だ。


 乱れた髪を整え、手を繋ぎ直し、4人でお店へと向かった。


◇◆◇


「まずは夏用の服から! 水着は後だからね!」


 小春ちゃんが今にも水着エリアへ向かいそうな男子陣に注意を促す。


「分かってるって、な? 霧矢」


「おう望、当然だ」


 こいつら今まさに水着エリアに行こうとしてたくせに。

 全く仲のよろしい事で。


「さて。それじゃあ服を選ぼっか」


 振り返り、俺に満面の笑みを向ける小春ちゃん。

 ちょっと怖いと感じるのは何故だろう。


 そして服を選んでいる時、店員さんが声を掛けてきて、その店員さんには見覚えがあった。


「お客様、どのようなものをお探しでしょうか」


「あ、この前はありがとうございます」


 前回来た時にサイズを図ってもらったり、服選びもして貰ったり、色々とお世話になった店員さんだ。

 このくらいの挨拶は当然だろう。


「お久しぶりです。今日は何をお探しに?」


「今日は夏用の服と、あと水着を買おうかなと」


「水着ですか!? ……それなら測り直した方が良いかも知れませんね」


 測り直す? 一ヶ月くらいしか経ってないのに? 測り直す必要なんてないと思うけど。


「いやそんな、一ヶ月前に測ったばかりだから大丈夫ですよ」


「何を言うんですか、成長期の方は一ヶ月でも変わるものです、それが水着ならば尚の事。 サイズが合わない水着を着ると大変な事になりかねません。測り直す事をオススメします」


 店員さんは早口でまくし立てた。

 小春ちゃんを見ると親指を立てていて、別におかしな事を言ってるわけじゃ無さそうだけど。

 う~ん、気が進まないけどそこまで言うなら測ってもらうかなあ。


「分かりました。じゃあお願い出来ますか」


「はい、お任せ下さい!!」


「じゃあ私は適当に服を探しとくね~」


 小春ちゃんはそう言って、服を探し始めた。

 店員さんに振り返ると、メジャーを取り出し、準備は万端そうだ。


「ささ、試着室へどうぞ」


 促され、試着室で服を脱ぐ。

 下は……水着だし、脱いどいたほうが良いよなあ。って前回も全裸にされたんだった。

 という事で全裸になり、カーテンの隙間から表で待っている店員さんに声を掛けた。


「あの、脱ぎました……」


「はい! 早速測りますね!」


 言うや否や、店員さんは試着室に入ってきてメジャーを構えた。


「待って待って!! やっぱり綺麗な肌~。 ……あ、こほん。若さだけじゃなくて素材が最高に良いんですね。はぁ……」


 そう言ってため息をを吐いた。

 だけどそのため息はネガティブなため息ではなく、うっとりするような、感嘆するような漏れ出すため息だった。


「そ、そうですか? 自分ではあまり分からないですけど」


「私も仕事柄色々な方のお肌を見てきましたが、これほどのお肌は見た事が無いです。張りもツヤも素晴らしい、衣服で隠すのが勿体ないくらいです。 せめて彼氏さんにはお見せしたほうが良いと思いますよ」


 店員さんはそんな事を言いながら、身体を触りつつサイズを測っていく。

 彼氏ねぇ……キリに見せろって事?

 って違う!! そういうのじゃねえし!!

 頭に浮かんだキリの顔を振り払うように頭をぶんぶんと振った。


「あ、動かないで」


「す、すみません」


 店員さんにたしなめられてしまった。

 いかんいかん、今は大人しくしなければ。


 ただちょっとなんというか、やけに肌を触られているような気がする。サイズを測るのだからある程度は仕方ないとは思うけど、それに女性だから気にしてなかったけど、違和感を感じるくらいだ。

 時々さっきと同じようなため息も吐いているし、この店員さんやっぱりなんか変じゃない?


「ほらやっぱり。バストサイズが大きくなってますね。なんと91.5のG70です!」


 言われてみれば、ブラがキツくなってきたような気がする。


「ヒップの方は変わっていないので胸だけ大きくなってますね。 素晴らしいです……」


 何故かうっとりしている店員さんを尻目に俺はちょっと複雑だ。

 あんまり嬉しくない。すでにアンバランスな体型で胸がブレザーを押し上げていて目立っている気がするからだ。


 ギリギリGカップらしいけど、ブラを買い替える必要があるし、出費が嵩むのは痛い。

 だけど今回は服を買いに行く事を話したらお母さんからお小遣いを貰ったのでまだ余裕はあると思うけど。


 というわけで試着室から出て、小春ちゃんにサイズを教えるとそこからキリと望くんにも俺のサイズ情報が共有された。

 いや、良いよと言ったのは俺なんだけど、あらためて考えるとキリや望くんに教えるのどうなの?

 普通の女子ならそんな事しないだろう、けど服を選ぶとなると必要な情報だしなあ、とも思う。

 まあ、この2人ならいいかとも思えるから、気にしない事にした。


 さて、服を選ぶぞ~。

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