28.天使の嫉妬
結局、手を繋いだまま、離すことなく教室まで着いた。
「おはようハルちゃん、ついでに
教室に入るや否や、早速の挨拶ついでに何かに気付いたくるくる天パ茶髪の
分かってる、手を繋いでいる事に反応したのだろう。
でもそれ以上言わないで。
「ついでか」
「おう、ついでだついで。霧矢の顔はもう見飽きたからな。 その点ハルちゃんの顔はまだまだ見飽きそうにないしな」
「
「あ! 嘘! 冗談! ただの友達同士のスキンシップじゃんか~」
「さて、どうしようか」
「おい!? まじで言ってのかよ! 霧矢さん!?」
キリと望くんの朝のやりとり。
ただのじゃれあいで、微笑ましい光景だ。
だけど……本音を言うと、嫉妬する。
キリが俺以外の人と親しそうにしている、それだけで僅かながら
以前はこんな事は無かった。キリと望くんとのやりとりを、ただ微笑ましく見れていたはずなのに。
キリが言うには、望くんがなぜかキリに付き纏い、合わせてくれてるだけだ。と言っていたけど、それだけで仲良くなるものかな? と思うので、キリと望くんはきっと馬が合っているのだろう。
人懐っこく、調子がよく、そして場の空気を和ませてくれる。
望くんがいると、キリの少し怖くてキツい感じも周りは受け入れてくれる。
そしてキリと望くんの関係は、傍目から見てて分かる通り、名コンビ、親友、いつもの、と呼ばれている。
そして、和日
温和で優しく、柔らかい性格をしていて、みんなの頼れるお姉さんなイメージだ。
だけど友達の前では年相応な女の子の姿を見せて、そのギャップも可愛い人だと思う。
俺の交友範囲は基本的にこの2人にキリを加えた3人が中心だ。
元々いた男時代の友達は女になった時にリセットされてしまった。
◇◆◇
キリと望くんはまだ喋っていた。
キリも楽しそうだ。
いつもなら黙って見ているか、会話に参加するのだけど、今日の俺はそのどちらもする気になれなかった。
自分の感情にいつものとは違うものがある事に気付いてしまったからだ。
いつもなら嫉妬の対象は望くんだった。
なぜなら望くんのように場を和ませ、楽しい雰囲気にさせる会話術は、俺とキリの間には存在しないものだったからだ。
俺とキリの親友関係はおしゃべりもするけど、どちらかというと長い付き合いという事もあって、お互いそこにいるだけで良い、という事のほうが多い。
いわば望くんは動の親友なら俺は静の親友、とでもいうのだろうか。
とにかく、親友としての性質が違うのだ。
そして、俺には出来ないそれに嫉妬していた。
だけど今回はそれだけじゃ無かった。
キリに対しても何か、よく分からない、モヤモヤとした感情を向けていたのだ。
なんだこの感情は……嫉妬? いや、違う? だけど近い感情だ。
よく分からない。だけど、このモヤモヤを解消したいという思いに、俺の身体は勝手に一つの行動を起こした。
「ん? ――望、また後で」
その行動によって、キリは俺の存在を思い出したかの様に会話を中断し、俺へ振り返った。
どうやら効果があったようだ。
その行動とは、繋いでいる手をギュッと握る事だった。
なんて幼稚な、と思うが身体が勝手に動いたんだから仕方がない。
それに結果的に会話は中断され、俺を見てくれた。
分かってる、親友同士でやるような事じゃない。
どちらかというと、子供が親に対してやるか、恋人同士でやるくらいのものだろう。
だけど、効果があった。今はそれで良いじゃないか。
お互いの席にカバンを置き、ひとごこちついている。
さて、まだホームルームまでには少し時間がある、この繋いだ手、どうしようか……。
俺もキリも、繋いだ手を見ていた。
そしてお互いを見て、苦笑した。頃合いだ。
「じゃあ、ここまでな」
思い切ってそう言うと、今度はキリはギュッと繋いだ手に力を込めた。
「帰りにまた」
またそんな事を。
親友同士なんだから手は繋がないんだって。
……とは思うんだけど、正直、迷ってる。
繋ぎたい気持ちと、繋ぎたくない気持ち、そのどちらも俺の気持ちだ。
だから、こう応えた。
「……か、考えとく」
あくまで答えの先送り。
そうして、自分の席に戻った。
◇◆◇
休憩中は今まで通り、特に変わった事も無く、放課後となった。
「帰るか」
「そうだな」
キリが俺の席へ来て促す。
帰り支度を始め、それが終わった頃に目の前にキリの手があった。
さて、朝とは違い俺は落ち着きと平常心を取り戻していた。
だから答えとしては、NO!
繋がない。だ。
「繋がないって、前から言ってるだろ」
そう言って立ち上がり、カバンを持った。
「……そうか、そうだったな」
手を引っ込め、がっかりしているキリを横目に少しの罪悪感を覚える。
いやいや、でもこれが正しい姿のはずだ。うん。
そんな風に自分を正当化させつつも、チクリとした胸の痛みを覚えていた。
そうして2人で教室を出る時、望くんが声を掛けてきた。
「お二人さん。 小春がこの後一緒に帰ろうって言うんだけど、どうする?」
特に予定が入ってるわけでもないし、小春ちゃんのお誘いとあれば断る理由も無い。
「俺は良いけど、キリは?」
「良いけど」
なんだよ、キリは少し不貞腐れてるのか?
なんか態度が変だ。
「じゃあ決まりだな、ちょっと用事済ましてくるから校門の外で待っててくれってさ」
という事で校門前まで移動し、3人で小春ちゃんを待つ事に。
待っている間、会話の主導権はやはり望くんで、その相手はキリだ。
……はぁ、良くないなあ。
先週はここまでじゃなかった。やっぱり昨日の事で俺に変化が起きているんだ。
キリと望くんが楽しそうに喋っているだけだというのに、時々俺もその会話に参加しているというのに。
やり場の無い嫉妬のようなものや独占欲みたいなものが沸々ときて、寂しさやイライラなんかをぶつけたくなってしまう。
なんてめんどくさいんだ俺は。
それにこんなの親友の姿じゃない。
キリが俺と違う人と遊ぶというならともかく、一緒にいて、友達と喋っているだけなのに。
これで嫉妬は、それは違うはずだ。
それになぜこんなに焦っているのだろう。
目の前に、すぐ隣にいるというのに、なんでこんな感情になるんだ。
もしかして、さっき俺が手を繋ぐ事に拒否した事が、自分で後ろめたいと感じているのだろうか。
だったら、それでこのざわざわとした感情が収まるなら――。
思い切って手を取って、俺とキリを、繋いだ。
「え!?」
驚くキリ、無理も無い、さっき断られたばかりなのだから。
ギュッと力を入れ、強い繋がりを求めた。
それと同時に、恥ずかしさで顔はそっぽを向いた。
キリも俺を受け入れ、手を大きく、優しく包み直した。
見えてはいないけど、俺の方を見て微笑んだのだと思う。
すると俺の心はさっきまでのモヤモヤざわざわが嘘の様に晴れ渡った。
まるでキリの暖かさに包まれるように手だけじゃなく、身体がぽかぽかしてくる。
ズルい。
こんなの、手を繋ぐしかなくなるじゃんか……。
「いやなんで急にイチャつき始めた?」
「お前には分かるまい」
「いや分かんねーよ!! ――こはるーッ!!早く来てくれー!! こんなとこに一人でいたら溶けちまうってッ!!」
「うるさいよノゾム。ハルちゃん! 霧矢くん! ――あぁなるほど、確かに先週までと違うね」
「おお! 来たか小春。俺たちも負けらんないぞ!」
颯爽と現れた小春ちゃんに、早速抱きつこうとする望くん。
小春ちゃんはいつものように手で望くんを押しのけつつ、4人で歩き出した。
「ハルちゃん、そろそろ夏物を買いに行こう! もう暑いし、買ったらすぐ着れそうなくらいだよ」
「確かに。あーでも……」
正直、今の俺は余り女物は着たくないという思いがあった。
この間の土曜だって、日曜だって、あの格好は本意じゃないはずだ。
それに小春ちゃんたちと服の買い物なんて行ったら、また可愛い物や趣味の物を着させられる。それは避けたい。
「可愛いのはちょっとあんまり着たくないというか……」
思い切ってそう言うと、小春ちゃんは驚きを表しながら応えた。
「えー!! 何々どうしたの? 可愛いの嫌になっちゃった? あんなに似合うのにー!!」
「いや、なんかその……恥ずかしいというか」
「あー、分かるー、夏物は露出増えるもんねー。 だけどそれだけ霧矢くんは喜んでくれると思うよー。私だってそういうとこあるし。喜んでくれるならさ、折角だし着てみようよ~」
小春ちゃんは望くんをチラリと見てそう言った。
え!? キリが喜ぶ?
そんな、果たしてそんな事が……と思いつつ、キリを見ると。大きく何回も頷いていて、繋ぐ手にも力が入っていた。
それを聞いて、見た俺は、いやいやそれはおかしいだろ、という思いと、喜んでくれるなら、という思いが同時に湧いてきた。
だけど結果は分かっていた。服に関しては、親友の理性が勝った事は一度も無いのだ。
だから土曜も日曜も、あんな着たくもない可愛い格好をしたのだ。
そして今回は喜んでくれるなら、以外にももう一つ感情があった。
キリに見て欲しい、その視線を独占したい。という感情だ。
理解しがたい、そんなの親友じゃない。とは思いつつ、それを心から望んでいる事だと、今なら分かる。
キリをどんな形であれ独占したいと、ついさっき思った事だからだ。
「じゃあ、今週の土曜にね」
と決まった。
細かい時間なんかはグループメッセで決める事に。
そもそもメッセだけで完結するんじゃない?と思わなくもないんだけど、小春ちゃんも望くんも直接会ってお話する事を楽しいと思う2人なので、それは野暮ってものだ。
それにキリは既読スルーして忘れるやつだし。
それにしても、独占したいとか、見せたいとか、喜んで欲しいとか。言葉だけならまだセーフかも知れないけど、心の状態、感情を見れば、それはもう親友のソレでは無かった。
あー、もう、俺の理想の親友像からどんどんかけ離れていくんだけど。
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