19.恋人?親友?
シャワーを浴びて、身体の汚れを洗い流す。
それにしても……凄かった。
こんなの人生で初めての体験だ。
感情が籠もるだけで、それを言葉にする事でこんなにも感じ方が違うなんて思わなかった。
それにとにかく幸せで、嬉しいとか、幸せとかが凄く
とにかく多幸感で幸せな感情がいっぱいにあふれて、好きな人と肉体的だけじゃなく、精神的にも交わってるような感じ、それがこんなにも、心も身体も、凄く気持ち良いなんて。
大きなきっかけは”好き”という言葉。
思うだけじゃなく、行動で表すだけじゃなく、とうとう口にしてしまった。
だけど一度言葉にしてしまったそれは、俺の感情をどんどん加速させていった。
歯止めが効かなくなるんじゃないかというくらい、好きという感情が湧いて、何度も勝手に口から飛び出した、それだけじゃなくて、身体も心も、自分の全てが叢雨くんの事が好きで、全てを欲するようになっていた。
更に嬉しい事に、その”好き”という言葉に対して叢雨くんは”好きだ”と返してくれた。
まさに幸せの絶頂、多幸感を感じ、名前を呼び、好意を伝え、とにかく叢雨くんの心と身体を求めてひたすらに手を伸ばした。
二人の全身は汗や色々な体液に
叢雨くんのベッドの上で、二人並んで抱き合い、最後にキスを交わして、それで事は終わりを告げた。
――そんな幸せな時間は、終わってみればあっという間の出来事で、しかし時計を見ると2時間をゆうに超えていた。
そして、先にシャワーを浴びさせて貰っているというわけだ。
身体のほうは大分収まったけど、心はずっとぽわぽわしたままで、ずっと嬉しいとか幸せとかそんな浮かれた状態だ。
ああ叢雨くん。叢雨くん。
最後までいかなくても、もっと肌に触れていたい、ずっとイチャイチャしていたい。
叢雨くんに感情を吐き出し、ぶつけた俺にとって、もう何者にも、自分にも遠慮する必要は無い。
叢雨くんが俺の事を「オレのモノ」だと言うなら、俺だって叢雨くんは「俺のモノ」だ。
俺にとって身体も心も許す男は叢雨くんだけだ、他の男は今でも生理的に無理なんだ。
叢雨くんだけが、俺にとって特別な存在なんだ。
浴室から出て、身体を拭く時にふと気づく。
……このバスタオルからもわずかに叢雨くんの匂いがする……。
――ハッ!!
待て待て、バスタオルの残り香なんかじゃなくて、直接本人から嗅げば良い。
今の俺にはそれが可能なんだから。
と、身体を拭き終えて服を着て、部屋に戻った。
◇◆◇
部屋には裸の叢雨くんがベッドに大の字に寝転がったままだった。
窓を開けて換気を促しつつ、シャワー上がったよ。と伝える。
「ああ」
生返事一つ、そのまま動かない。
なんだか上の空だ。一体どうしたのだろう。
「ハル……」
「何? どうしたの?」
「オレの事好き?」
ん? どういう事? さっきまでの行為で何回も、数え切れないほど言ったよね?
……だけど少し考えて、そうか、と気付いた。
きっと叢雨くんは行為中だから、俺が勢いで言ったと思っているんだ。
だから急に不安になった。多分そんなところだろう。
それなら安心させてやらないとな。
「えーとね……」
あらためて口にすると思うと急に恥ずかしくなってきた、やっぱり勢いって大事だ。
「わ、私は、叢雨くんの事が、……大好きだよ!」
誤解されないよう、叢雨くんの目を見て、ハッキリと言った。
それを聞いた叢雨くんの表情は見る見ると明るいものに変わっていく。
「俺も好きだ。ハル」
「うん、知ってる」
そう応えると、叢雨くんはベッドから立ち上がり、俺の方へ向いた。
あ、これ多分、俺に抱きつく気だ。
「ちょっとまって!! 先にシャワー浴びてこよ? ね?」
「お。……そうだな」
叢雨くんは着替えを持って浴室へと向かった。
◇◆◇
「ハル、そろそろ帰るだろ、少し待っててくれ」
「うん」
シャワーから戻ってきた叢雨くんが汚れたシーツを取り外し、洗濯乾燥機へ放り込んだ。
この後、家まで送ってもらって、それで今日はお別れだ。
もっと長く一緒に居たいけど仕方がない。お母さんがきっと晩ごはんを作って待ってくれているはずだ。
それにお父さんも心配するだろう。
「叢雨くん、今日はその……ありがと。……その……凄く心も身体も満たされて、凄く気持ち良かった」
意を決して伝える。
普通ならこんな事をわざわざ言わないかも知れない、だけど、この充実感は、伝えておきたかったのだ。
それを聞いた叢雨くんは少し驚きながらも応えた。
「あ、ありがとう。……満足して貰えてオレも嬉しい。あ、それと――」
何かを伝えたいようだ。なんだろう?
「――そろそろ、オレの名字じゃなくて、名前で呼んでくれないか」
あー、なるほど。
確かにこれだけ親密なんだ、名前で呼び合うのが当たり前だろう。
――だけど。
「ごめん。 名前は、”
そこまで言うと、叢雨くんは俺の両肩を掴んだ。
「ハル、まだ分からないのか!? ……あ、急にごめん。ちゃんと言ってなかった。 ……でも、ハルなら気付いてくれるって思ってたから。 ずっと待ってた。でも、ちゃんと伝える――」
え、何? 急にどうしたんだろう?
俺、なんか変な事言っちゃった?
「オレは……
――ん?
――え?
……えーと?
「分からないか……確かに身長は凄く伸びた。それに伴って声質も変わった。それに痩せたし筋肉もつけた。中学2年の時とは全然変わっちゃったけど、それでもオレは暮雲霧矢なんだ」
「急にどうしたの叢雨くん、なんでキリ(暮雲霧矢)の事を知って……あ! お母さんから何か聞いた?」
叢雨くんが急に自分はキリだと言い始めた。
そんなはずが無い。
親友のキリと今の叢雨くんは似ても似つかない。
そもそも名字が違うじゃないか。
「それに名字が違うよ」
「それは、引っ越した後すぐに両親が離婚したんだ。そしてオレは母に引き取られた。それで名字が暮雲から叢雨に変わったんだ。それにほら――」
そう言って、叢雨くんは机の引き出しから古いスマートフォンを取り出し、俺に見せた。
「もうこれは使えないけど、データは残したかったから。ほら、2年半くらい前の写真。中学2年のオレとハルが写ってるだろ。これで信じてくれないか」
そこには、電波の入らないそのスマートフォンの画面には、確かに中学2年ごろの俺と、そしてキリが、仲良くピースして写っていた。
……うそだ。
叢雨くんが、実は親友のキリで。
目の前にいるのは、叢雨くんじゃなくて、親友のキリ。
信じたくない。
俺は親友だと思っていた男に騙されて、そして、襲われたのか。
叢雨くんになら、何をされても良い。
あの時襲われたのも、叢雨くんなら、別に気にしない。
だけど、だけど。
それが親友のキリだというなら話は別だ。
叢雨くんなら良かった。叢雨くんが良かった。
俺は叢雨くんが好きなんであって、親友のキリはそういう目で見られない。
顔を上げて、叢雨くんを見る。
ダメだ。もう叢雨くんに見えない。
そこにいるのは、親友のキリだ。
――叢雨くんは、もう、居ない。
「ハル?」
キリから声を掛けられ、ビクリとする。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
声も、姿も叢雨くんと同じはずなのに、別人にしか聞こえないし、見えなくなった。
もう分からない! 帰りたい!!
すぐに立ち上がり、急いで玄関へと向かう。
扉を開け、外に出ようとした時、キリに腕を掴まれた。
「ハル!! 待ってくれ!!」
俺は力の限り振りほどこうと腕を振る。
でもダメだ、分かっていたはずだ。力では敵わないと。
それでも、一生懸命に振りほどこうとしていたら、キリが手を離した。
「……」
手を離された事に驚き、一瞬キリの方を見ると、悲しそうな顔をしていたのが見えた。
だけど俺はキリの家を出て、力の限り走り続け、家へと帰った。
◇◆◇
家についた俺は、お母さんの作った晩ごはんも、顔を合わせる事もせず、そのまま部屋に閉じこもった。
平常心じゃなかった、ずっと頭が混乱して、パニックに陥っていた。
恋人の叢雨くんがいなくなり、親友のキリが残った。
俺には二人が同一人物には見えなかった。思えなかった。
ああ……叢雨くんに逢いたい。
頭の中でイメージする叢雨くんは、さっきのキリとは違っていた。
イケメンで、口数少なくて、少し強引で、だけど俺に優しくて、気を使ってくれて、俺を受け入れてくれた。それが叢雨くんだ。俺の好きな、この世でただ一人愛する叢雨くんだ。
「叢雨くん……」
枕を散々泣き濡らし、いつの間にか眠りについていた。
==================
このまま終わるとTSっ娘とイケメンがくっつくだけのお話です。
書きたいのはTSっ娘と親友です。なのでまだ続きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます