20.親友との再会と、恋人の消失
~~~~~~~~~
んん……あれ。
どうやら眠っていたようだ。
違和感を感じて辺りを見回すと、そこはベッドの上ではなく、また自分の部屋でもない場所のようだった。
気が付くと目の前に二人の男がいた。
恋人の
二人共、俺にとって大事な人だ。
とはいえ、どちらかを選べと言われたら、叢雨くんを選ぶけど。
仕方ない、今は幸せの絶頂なのだから。
……あれ? 幸せの絶頂だったよね?
不思議だ、叢雨くんの事を考えると嬉しい気持ちとは別に、暗い気持ちが湧いてきて、素直に幸せとは感じられなくなっている。
叢雨くんを失ったかのような、心にぽっかりと穴が空いたような感じだ。
――いつの間にか叢雨くんが眼の前から消えていて、そこには親友のキリだけがいた。
急に汗が吹き出し、悪寒が走る。
叢雨くんを探すため、辺りを見回し、駆け出した。
ただ暗闇の中、探し続け、走り続け。
――目が覚めた。
~~~~~~~~~
◇◆◇
――もう朝、か。
気が付けば朝の5時を回っていた。
結局一睡もしていない。
昨晩、いや、ハルが飛び出していった後からずっと考えていた。
なんでこんな事になったのか、オレはどうすれば良かったのか。
オレはハルの事を、親友としても、女性としても好きだ。
親友として非常に好ましいと思っていた男が、見目麗しい女性になったのだ、好きになるなという方が無理な話だ。
オレにとって幼い頃からずっと一緒にハルと過ごした時間は掛け替えのないものだ。
その思いは、別れてからいっそう強くなり、ハルに再会するために近くに引っ越してきたくらいだ。
オレにとって、ハルは特別なんだ。
◇◆◇
中学2年から3年に進級する春休み、オレは両親の都合で引っ越す事になった。
急な話にハルと別れるのが嫌で両親に泣きついたのを覚えている。
だけど、その引っ越しというのは、両親の離婚のための引っ越しだったのだ。
中学生だったオレにそんな事は知らされておらず、ちょっと用事で出掛けていると聞かされた父親とはその後会っていない。
そして母親に引き取られたオレは、
母の実家へと引っ越したオレは、現状を飲み込むのにかなりの時間を要した。
そりゃそうだ。
それまでオレには普通に見えた両親は、実は険悪で、離婚寸前だったなんて知らなかったのだから。
そしてそんな事も露知らずなオレに対し、母親と母方の祖母や祖父は離婚した事を1ヶ月ほど隠していたのだから。
出張だなんだと理由をつけていたが、ある時聞いてしまったのだ。「霧矢にはいつ伝えるのか」という祖父が母を説得する声が。
聞き耳を立てて全てを聞いたオレは、母に怒りをぶつけた。
別に暴力を振るったわけじゃない、ただ、何も知らされず、隠されていたのが悔しくて、その気持ちをぶつけただけだ。
オレには父と母、どちらを選ぶか、という選択肢すら与えてもらえなかったのだ。
この時の母の言葉は良く覚えている。
父はよく暴力を振るっただの、浮気ばかりしていただの、全て押し付けられただの、めちゃくちゃに
だからあなたを守るためにも離婚するしかなかったのだ、と母は言った。
その時のオレは違和感を感じながらも勢いに押され、素直にそうだったのかと聞いていた。それじゃあ離婚も仕方ないのか、と納得もしていた。
だけど違った。
後から冷静に思い返せば、全ては母の嘘だったのだ。
暴力を振るっていたのは母で、父はむしろ、やり返しもせず、料理や洗濯、部屋の掃除なんかをよくやっていた事を思い出したのだ。
母は父がいかに酷かったか何度も何度も繰り返し口にした。
それを繰り返す事で、自分が正しいのだと自分にも言い聞かせるかのように。
オレにとって決定的だったのは、母の性の奔放さだ。
母は40前だったが、歳の割に若く見え、息子のオレから見ても美人だと思えた。
オレを祖母や祖父に預けて、自分は男たちと遊び回っていたのだ。
朝帰りどころか、何日も帰ってこない事はざらで、中学を卒業する頃にはいつ家に居るのかも分からないくらいだった。
祖父も祖母も、母を諦めの眼差しで見ていたのを覚えている。
中学3年になってから、オレの背は急激に伸びた。
1年で20cm、高校1年も合わせて2年合わせて30cm以上は間違いなく伸びた。
少しふくよかだった身体はダイエット代わりに始めた筋トレで引き締まり、筋肉もついて持ち前の運動神経を遺憾なく発揮出来るようになり、高い身長も相まって、女子にモテるようになっていた。
だけどそんな環境にいたオレは、女に対して冷めてしまっていた。
性欲は有る、だけど、女を好きになる事は無かった。
人間不信と女性不信になっていたオレは、心が
進学先を決める頃、ふとハルの事を思い出した。
オレが楽しく過ごせたあの頃、まだ一年と経っていないにもかかわらず、無性に懐かしく、また会いたいという思いが日に日に強くなる一方だった。
まず、比較的地元に近い高校に入ると言っていたのを思い出し、同じ高校を受験する事にした。
当然それだけだと違う高校になる可能性もあるので、祖父に頼み込み、一人暮らしの許可を取った。
母と一緒は嫌だ、とお願いした。
だが顔も見たくないというのは本心からだ。
一人暮らしする場所は当然、ハルの家の近くだ。
これで仮に高校が違っていても会う事が出来る。そう考えていた。
◇◆◇
高校に進学し、一人暮らしを始めた。
たった一年ぶりなのに懐かしい景色、懐かしい町並みだった。
ここはオレが生まれ育った町なのだ。
幸いな事にハルは同じ高校に進学していた。
ただクラスは違っていて、体育の合同クラスでも無かったけど、同じ高校というだけで十分に嬉しかった。
それなのに、あれほどまた一緒に過ごしたいと思っていたはずなのに、オレはハルに声を掛ける事が出来ずにいた。
ハルの姿を見て、声を掛けようと思った瞬間、今のオレにハルは見合わないと思ってしまった。
心が荒み、変わってしまったオレに、以前のように過ごせないと思ってしまった。
ハルは近寄りがたく、眩しく見えた。
オレと一緒に居ると、ハルが歪んでしまう、そう思ってしまった。
だからオレは、ハルを時折眺めるだけになってしまった。
高校1年の始めの頃、オレは1人だった。
目つきが悪く、背も高くて筋肉質で威圧感があり、当時は全くの無口で雰囲気も暗く、何を考えているのか分からない。そんな男に誰も寄り付こうとはしなかった。
しかし、そんなオレに対し、やけに絡んでくる男が1人だけいた。
後にオレの新しい親友と呼べる男は、オレの何を気に入ったのか、無口で不気味なオレに熱心に話しかけ、いつも
そんな望にオレの心は少しずつ
そうなると運動神経や勉強が出来る事で一目置かれるようになっていき、望の陽の雰囲気のおかげもあってオレと望の周りには人が増えていった。
今のオレがあるのは望のおかげだ。
不思議に思い、なぜオレに声を掛けたのか聞いた事がある。
「え?そりゃあ……なんか助けを求めてるような気が……って今のナシナシ!! まあなんでも良いじゃねーか!!」
そんな感じだ。だとしても何度も声を掛けるかね。
……本当に変わったやつだ。
2年になり、望とは引き続き同じクラスに、幸いな事にハルとも同じクラスとなった。
だけどやっぱり話しかける事は出来ず、ただ眺める日々。
◇◆◇
そんな毎日に大きな変化が起きた。
ゴールデンウィークが明けて、ハルが女になって登校してきたのだ。
――天使は存在した。
ハルを見た瞬間、心を鷲掴みにされ、奪われた。
これほどに可愛くて、綺麗な女性が存在するなんて信じられなかった。それほどに強い衝撃を受けた。
その衝撃はオレだけではなく、クラス中の男子も女子も同様だった。
ただその反応はオレと違い、ポジティブなものではなく、ネガティブな反応だった。
元男という部分が大きかったのか、男子は困惑と興味、女子からは嫌悪が見え隠れしていた。
休憩時間になっても、友達だった連中ですら声を掛けず、ハルは浮いた存在になっていた。
その日の授業が全て終わり、ハルはやはり休憩時間と同様、すぐに教室を出ていった。
オレは嫌な予感がし、一言望に声を掛けて、ハルを追いかけるように教室を出た。
とぼとぼ歩くハルの後をつけ、強引なナンパから救い出した。
問題はその後だ。
ハルの微笑みにオレの何かが振り切れた。
その微笑みは最高だった。何かと比較するのもおこがましいほどに最高で、比類するものは無いほどだ。もっとも高みにある、至高の微笑みだった。
それに魅せられたオレは今までの遠慮していた自分など何処かへ行って、ハルの全てをオレのモノにしたい欲求に支配された。
――オレの、オレだけの
ここまで最高なハルを放って、誰か別の男になど取られたら悔やんでも悔やみきれない、死にたくなるほどの後悔をするだろう。
だからオレは、即座に行動に移した。移してしまった。ああ!! やってしまった!!
――無理矢理に事を終え、落ち着いたはずだったのに、オレの気持ちが収まる気配は全く無かった。
むしろ、絶対にオレが独占する! という強い気持ちが補強されただけだった。
後悔などしていなかった。オレがハルを助け、ハルを守り、そしてハルの心を手に入れる。
そういう自分勝手な強い思いだけがあった。
とにかく、オレの心の全てはハルへの想いで一杯だった。
もう見てるだけじゃなく、常にそばに居て、ハルの居心地の良い場所を作る、と決心した。
自分勝手だが、それが今のオレに出来る精一杯の愛情表現だった。
その後は順調だった、望たちの協力もあり、オレの想いは通じて、ハルもオレを好きになってくれたのだった。
――そのはずだったのに。
それは、”叢雨くん”に向けられた想いだった。
――オレはもう、どうしたら良いのか分からない。
◇◆◇
今、ハルの家の前にいる。ハルを迎えに来たのだ。
ここに来るまでにずっと悩み、引き返そうかと何度も思った。
だけど決めたはずだ。
オレがハルを守り、助ける、と。
そしてオレはハルに言った。
ハルはオレのモノで、オレが毎日送り迎えをする、と。
だから例え拒絶されようとも、オレはいつもハルのそばにいる。
後はインターホンを押すだけだ。
――だけど、もし、本当に拒絶されたら? 一緒は嫌だと言われたら?
オレは立ち直れるだろうか。
ええい!! 覚悟を決めろ霧矢!! お前にとってハルはその程度の存在か!!
…………よし!! 覚悟を決めた!!
拒否されようとなんだろうと、力付くでも、お姫様抱っこしてでも強引に連れてゆく!!
――震える指で、インターホンを押した。
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